龍神愛詞
6・錯綜する思い
赤龍の国の龍たちは、いつも強いものを追い求めていた。
何よりも強いものが美しい事とされ、尊敬され、尊ばれてきた。
そのせいで国は、戦いが毎日のように起こり荒れ果てていた。

赤龍の国の王、紅龍(あかりゅう)。
紅龍は龍の中で一番強い龍王の本当の強さが見てみたかった。
ただ何者にも屈しない純粋な強さに憧れていた。
凄まじい破壊力と破滅的な力。
反抗する気持ちさえ起こさせぬ程の巨大な力。
恐怖さえ超越した強さを、本能が求める。
紅龍はどの赤龍よりも、その本能に正直で真っ直ぐな龍だった。
闘ってみたい!!
その強さを一度でいいから、自分の身体で感じてみたい。
身をよじるほどの渇望。
だからこそ、固執するスーを奪いわざと怒らせたのだ。
紅龍の愚かな願いの為に。
ただその目的の為だけに。

噂では人間の女を巫女を欲していると聞く。
その巫女の為だけに今の破壊的な力を手に入れたとも聞く。
だからこそ、巫女を憎んでいる父親に接触した。
そして自らの血を与えた。
男はより強力な術を発動させる為に。
紅龍は本当の強さを見たいという願望の為に。
それぞれの思惑の中、二人は手を結んだ。
龍の血と巫女程ではないが、それ相当の力を持つ男の血。
それが混じり合うと呪や術を増幅する事が出来る。
巫女である翡翠の血ともなれば、それは飛躍的な増幅が期待できる。
だからこそ、スーはここまで様々な者から狙われているのだ。
まさに生かさぬように殺さぬように。

蒼龍は龍王を追って飛び続け、先を急いでいた。
龍王の巨大な力は遠く離れたここからでも、すぐに認識できた。
怒りに身を任せた殺気。
我を忘れている。
怒りでスーを見つけて取り返す目的。
その本来の目的さえも今は、見えていない。
強い憎悪と怒りの思いに囚われている。

あれはなんだ?
得体の知れない物が動いている。
遥か右前方、何かが移動して行く。
何もない砂塵の中、明らかに自力で移動する物を見つける。
そして・・・。
この感じ、この優しい気配。
これは間違いなくスーの気配だ。
一足遅れて飛びたった蒼龍。
龍王を追う途中で眼下に連れ去られたスーの姿を捕らえた。
縛られたスーは大きな男に肩を掴まれたまま、大きな動物に乗り移動していた。
角が頭の上に一本ある、大きな身体のこの動物。
棒(ぼう)と呼ばれる動物。
怒ると尻尾が棒の様に長く伸びる所から名が付けられた。
比較的どこにでもいる動物で、大人しい性格。
どっしりした安定感もあり、移動手段としてよく用いられる。

私はすぐに降下する。
そして行く手をさえぎり降り立つ。
龍の姿のまま突然現れた私の姿に、恐れおののく男。
急に移動を止めた。
そしてそのまま、固まったように動けない。
見開いたままの血走った目。

眩い閃光。
思わず閉じられる目が再び開けられた時。
目の前に人の形に姿を変えた蒼龍の姿があった。
男の身体から尋常ではない程の汗を吹き出す。
「お前はスーの父親だったな。
スーをどこへ連れて行こうとしている?!」
恐怖で顔の色がおかしい。
いや、顔だけではない。
身体全体が異様に赤い?
なんだ、これは?
この男は、自分の身体に何をした?
狂気が私を見つめる。

逃げ道はないと悟った男。
やはり狂った事を言い始める。
「スーは差し上げます。
どうかどうか私の命だけはお助けてください!」
は?
命乞いだと!
自分の娘を庇うどころか、自分が助かる為に差し出そうというのか。
なんと醜い男だ。
とてもスーの父親には思えない。
心優しいスーと血の繋がりがあるとは到底思えないこの男の言動。
俺はふつふつと怒りが込みあげてきた。

「差し出すなどと!!!
スーはお前の人形ではない!!」
私はその男を叩き落そうと手を挙げた。
すると今まで静かだった肩に担がれていたスー。
激しく身体を動かせた。
男は急な動きに驚き、掴んでいた腕の力が緩む。
するとそれを幸いに、私と男の間に入り込む。
スーは男を身を挺して庇おうとしたのだ。

振り上げた手を寸前で止めた私。
言葉は発していないが、私を見つめる瞳が大きく揺れた。
そして・・・。
・・・止めて!・・・
と言っている様に感じた。
こんな男でも庇おうというのか?
ここまで酷い仕打ちをされても、助けたいと思うのか?
私からしたら、この男がどうなっても構わない。
しかし命懸けで庇うスーの気持ちは裏切れない。
私は軽々とスーを奪い取り、抱え上げる。
触れた肌の柔らかな温もり。
途轍もない程の安心感が私の中に入ってきた。
私のせいで一度は、汚い男の手に連れ去られた。
しかし今は無事に、私の手の中に戻ってきた。
・・・よかった!・・・
喜びの感情に身体が満たされる。
いつしか男への怒りは、何処かに飛んでいってしまった。
もうこの男に用はない。

「目障りだ!!
早く立ち去れ!!!」
その言葉を聞いた男。
一度大きく身体を震わす。
そして直ぐさま棒に乗って、さっさと行ってしまった。
その後ろ姿を目で追うスー。
一度も振り向かない男の姿を、小さくなるまで見つめ続けた。
今までと変わらない表情。
しかし瞳だけが、泣いているように潤んで見えた。

視界から完全に消えた後、今度は私に顔を向けた。
そして。
「・・あ・り・がとう・・・」と
必死で感謝の気持ちを言葉で伝えてきた。
それはそれは小さな声。
でもそれは大きな強い気持ち。
あんなに酷い事をされても、命がけで父親を庇ったスーの優しさ。
父親から拒絶されても、スーは優しさを変わらなかった。
なんという、いたわり、優しく強く大きな心なんだ。
その心に触れ、言い知れぬ愛おしさが心を占める。
そして私の巫女にしたいという思いを一層強くする。

「俺を覚えているだろうか?」
「そう・・り・ゅう。」
苦しいながらも私の名前を呼んでくれたスー。
俺はそっと抱き寄せる。
別れる最後の日。
自分の思いを伝える事はなかった。
スーの龍王への気持ちを知ったから。
抱きしめたスーの温かさ。
触れてしまったスーの柔らかな肌。
それを感じながら、諦めきれないと思いが押し寄せる
やっぱり私はスーが好きだ。
胸の中が締め付けられる痛み。
これは切なさという感情。

「わたし・・を・りゅうおうの・・ところ・へ。
おね・・が・・い」
だがスーが求める者は自分ではない。
スーの求める者。
それは龍王の存在。
自分がどんなに求めても報われない思い。
それならいっそ、このまま逃げてしまおうかとも思う。
ニ人だけの場所でスーを閉じ込めてしまおうか。
龍王の事だけを思い、龍王の事で心をいっぱいにしているスーの瞳。
そんな眼で見ないでほしい。
・・・今目の前にいるのは、龍王ではないんだよ・・・
・・・今だけは自分だけを見てて・・・
・・・今だけでいいから・・・
叶わない愛への欲望。
激しい独占力。
波打つような感情の高まり。
私の中にもそんな激しさがあったんだと驚く。

俺は一度ぎゅっとスーを包み込む。
スーは心配そうに、私を覗き込む。
スーの匂いと穏やかな優しさ。
触れた肌から心地良く伝わってきた。
愛おしスー。
お前の願いは私の願いだ。
俺は決心する様に腕からスーを離し、少し遠ざかる。
ゴォオォオ!!!!!!!!
轟音と共に龍の姿に戻った私。
スーを左手で優しく握ると大きく飛び上がる。
スーの願い。
それは龍王の下へ。
その願いは叶えてあげる。
私は龍王のいる方に飛び立った。


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