密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「もしもあいつが泣きついて、どうしても着いて行くと言ったらどうするつもりだったんですか?」

「その時は、逃がしてあげなかっただろうね」

「こじれてんなー……」

「何か言ったかな?」

「いえ何も!」

 懸命な自分が二度と率直な感想を口にすることはないだろう。

 サリア、本当にお前は……どうして気付かないんだよ……

 お役御免になった密偵の末路は決まっている。それが望む道に進ませてやるって、ここまで言ってくれてるんだぜ。
 自分も相手がサリアでなければ考え直せと行っていただろう。知りすぎた人間を野に放つなんて危険すぎる。結局のところ、自分もこの主もサリアには甘いのだ。

 あの子が俺を裏切ることはないからね。

 進言したのなら平然と言い放つルイス様の姿が目に浮かぶ。なんという信頼だろう。サリアに問いかけても同じ言葉が返ってくるのだから怖ろしい。
 いつしか脳裏には負けん気の強い小さな少女の姿が浮かんでいた。サリアは昔から自分にだけは反発し、妙な言いがかりをつけてきたものだ。

「ジオン……さん!」

「なんだい? お嬢ちゃん」

 ルイス様のことは主様主様とうるさいくらいに慕うくせに、同じ現場に居合わせた自分のことはもう呼び捨てかと思う。だが小さな少女に目くじらを立てるのも大人げないと考えを改めた。大人の余裕を見せてやろうじゃないかってね。

「私、ジオンになんか負けませんから」

 いつの間にか、普通にさん付けを忘れられていた。

「そりゃあなんの話だ?」

「主様はいつもジオン、ジオンって……何かあるといつもジオンの名前ばかり! これからは私が一番に頼られるようになってみせますから!」

 妙な言いがかりだった。それを聴いた自分はおかしくなって吹き出し、またもサリアの反感を買うことになったわけだが。

 懐かしいな……。
 昔から負けず嫌いで、意地っ張りな奴だった。しかし強面の自分相手に臆することなくそんなことを言い切れる人間は少ない。将来大物になるだろうと見直しはしたが……
 意地っ張りな妹分のことだ。放っておいたら意地をはり続けたまま、だろうな。
 だとしたら自分は可愛い妹分が笑顔になれるように一肌脱ぐとしよう。放っておいたらこの主といい、あの密偵といい、拗れてすれ違ったまま別れてしまうだろう。
 本来ならば密偵と王族。決して結ばれることのなかった二人だ。しかしルイス様が追放されることで皮肉にも添い遂げられる可能性が見え始めている。この好機を逃す手はない。
 
 ルイス様、申し訳ありません。
 自分は、不謹慎かもしれませんが、どうやらこの結末も気に入っているみたいです。
 自分にとってはルイス様もサリアも、大切な家族なんですよ。二人には、幸せになってほしいんです。
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