密偵をクビになったので元主のため料理人を目指します!
「肉くらい焼けると胸を張って返されましたね。ちなみに方法を聞けば火であぶればいいんでしょうと真っ直ぐな眼差しで言うんです。とりあえず火を通せば食べられるからって」

 確かに間違いじゃあないわな。けどよお!

「あいつの作った丸焼きには調味料なんて上品な味付けは存在しない。俺は野菜もちゃんと食えよと言うのが精一杯でしたが、どうせ野菜も丸かじりでしょう。その時俺は心に決めたんですよ。こいつのことはしっかり見ててやらないといけないってね。それからは月に一度、飯を奢ってはいるんですが」

「その話は初めて聞いたな」

 途端に部屋の温度が低くなった気がした。
 失言か? これは失言なのか!?

「あ、いや、別に内緒にしていたわけでは……と、とにかくです! 何が食べたいと聞いてもまず好物がない。ならばと上等な肉を食わせてやっても肉は肉。焼けば食べれるだの、ソースはいらないときたもんです。そんな奴があろうことか料理人になりたいと言いだしたんですよ!」

 ここまで言えばルイス様にも事の重大さは伝わっただろう。
 本当に料理人になれるのか。それはいったいどれほどの時間がかかるのかということに。

「差し出がましいことを口にするようですが、黙って俺についてこいとおっしゃるべきだったのでは? あいつなら喜んでついてきたと思いますけどね」

「ははっ! ジオンには敵わないな。俺の気持ちは最初からばれていたようだね」

「それくらいわかりますよ」

「本当に伝わってほしい相手には少しも伝わっていないのに?」

 項垂れるルイス様があまりにも哀れで口を噤むほかなかった。

「選択肢をね、あげようと思ったんだ」

 ルイス様は昔を懐かしむように語り始めた。その眼差しにはサリアとの日々が浮かんでいるはずだ。

「サリアはあの状況で、仕方なく密偵を選ぶしかなかった。もちろん彼女の心を疑ったことはないよ。そうでなければ大切な仕事を任せることは出来なかった。でも、だからこそかな。俺から自由になる機会をあげないといけないだろ?」

 そういうものだろうか。恋愛とは縁遠い環境で育った自分には難しい問いかけだ。下手に口をはさんで睨まれてもいけないしな。
 ただ一つ、気になったことがある。
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