溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を
フッと横道を見ると公園があった。
そこにはトンネルの遊具もあり、あそこで雨宿りが出来そうだ、と思った。そこでスマホで友達に連絡をしよう。迷惑がかかるかもしれないけれど、しっかり謝って訳を話そう。
そう思って公園内に入ろうとした瞬間。
段差があるのに気づかずに、花霞は躓いて転んでしまった。普段なら気にしない段差だったが、体がかじかみ上手く足が上がらなかったのだろう。
花霞が着ていたスカートやコートは泥だらけになった。
手を見ると、手に泥がついていたが、それも少しずつ雨によって流されていく。
真っ黒な視界の中で、明るいものが目に入った。それは、早咲きのタンポポだった。黄色の花を必死に咲かせて、自分はここだよ、と堂々と訴えているようだった。
花霞は、それを見ても何とも思わなかった。
花が大好きなはずなのに、「タンポポがあるな。」としか思えなかった。
それなのに、ポタリポタリと自分の手に温かいものが落ちてきた。
それが、自分の涙だと気づくのに、花霞はしばらくかかった。
泥がまだ付いいる手で雨水に混じった涙を拭き、タンポポに手を伸ばした。ぶちッとその花を採ると青臭い匂いが広がった。
無意識のまま手のひらに乗せたタンポポがを、花霞は握りつぶそうとした。
けれど、次に感じたのは先程の涙より温かいものだった。
花霞の右手にはタンポポとは別に、人の手が乗っていた。タンポポと一緒に花霞の手を包み込むように大きくて温かい手だ。花霞が横を向くと、ビニール傘をさして花霞と同じようにしゃがみ込んでいる男が居た。
長めの黒髪に、茶色の瞳。少し焼けている肌。小さい顔はとても整っており、どこかのファッション雑誌から出てきたような容姿だった。
その男は花霞と目が合うとニッコリと微笑んだ。それは、子どもをあやすような、満面で優しい笑みだった。
「綺麗な花ですね。」
この日から少し経ったとき、どうして彼はそんな事を言ったのだろう、と思ってしまうだろう。雨に打たれ、泥だらけになっている女を目の前にして言う言葉ではなかったはずだ。
けれど、その時の花霞はそんな風には思わなかった。
ただただ救われたような気持ちになって、目から沢山の涙が溢れ出たのだった。