溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を
「あ………傘も家の中だ。」
アパートの入り口から空を見上げると、先程よりもどんよりとした雲で覆われた夜空が見えた。街頭の灯りに照らされて光ながら沢山の雨粒が落ちてくる。
傘を取りに戻ろうかと一瞬考えたが、すぐに止めた。
もう彼の怒った表情や、冷たい言葉を聞きたくはなかった。
幸せだった思い出が消えて、最後の恐怖を感じた事だけを覚えてしまうのがイヤだった。
屈託のない彼の幼い笑顔を忘れたくなかった。
仕方がなく、濡れてしまうのも構わずに歩き始める。すると、すぐに全身が冷たい雨粒にうたれる。髪はシャワーを浴びたようになり、顔も酷くなっているのが見なくてもわかる。
先程よりも雨足が強くなっているのか、服に雨水が吸い込んで重くなっていく。
ガラガラとスーツケースを引いて歩く。
傘もささずに歩く花霞を、すれ違う人達は怪訝な表情で歩いていた。花霞は俯いたまま、どこに向かえばいいのかもわからずにさ迷ってた。職場の花屋も閉店している時間。ホテルに泊まる事も考えたが、手持ちのお金が自分の全財産だと思うと、そんな贅沢は出来なかった。
ガラガラガラガラ。
スーツケースを持つ手がかじかんできた。濡れた顔も凍ってしまうのではないかと思うほど冷えてきた。夜も深くなり、気温も下がったのだろう。