私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第19話「ライバルだった?」
〇ユリシーズ後宮 端 廊下

天井裏から降ってきた刃を、飛び上がったユリシーズが剣で弾き飛ばした。金属のぶつかる甲高い音が廊下に響く。
ローズマリー「――っ?!」
リリアン「キャア?!」
ローズマリーは驚きのあまり声も出ず、後ろに後ずさる。リリアンは短く悲鳴をあげ、両手で頭を抱えてその場に座り込んだ。クシャリと長い青色の髪が乱れる。
ユリシーズは音もなく着地すると、ローズマリーとリリアンの間に割って入った。ユリシーズが着地するや否や、間一髪入れずに黒ずくめの人間が彼に迫る。
予測が付いていたのか、ユリシーズは軽く剣を振っていなした。
ローズマリー(ど、どこから出て……)
敵の動きを全く目で捉えれれなかったローズマリーが顔を青くする。その様子をチラリと横目で確認したユリシーズは、小さく口を開いた。
ユリシーズ「捕らえろ」
短く命令すると近衛兵2人がユリシーズの両脇を走り抜ける。侵入者に飛びかかったのを確認してから、ユリシーズはローズマリーの腰を抱いた。
ユリシーズ「お、っと」
半ば支えるようにして、ユリシーズはローズマリーを抱え上げた。顔を覗き込む。
ユリシーズ「ごめんね。びっくりさせた」
ローズマリー「び、びっくり……した……」
半ば呆然とした表情のまま、ローズマリーはポツリと呟く。だが、慌てて気を取り直してユリシーズを見上げて視線を合わせる。
ローズマリー「で、でも、大丈夫だわ……。ありがとう」
ゆっくりとだが、ローズマリーは自分の足で立ち上がる。ユリシーズはやや心配そうに、腰に回した手だけは離さなかった。
ローズマリー「リリアン様……」
座り込んだままのリリアンは両手で抱えていた頭をそっと離した。押し殺したような低い声でユリシーズはリリアンに向き合う。
ユリシーズ「リリアン嬢」
ユリシーズ「これは――どういう事かな?」
片手で握った剣をゆっくりとユリシーズは持ち上げた。刃先をリリアンへと向ける。
リリアンは眉を下げる。そして、座り込んだまま瞳に涙をいっぱい溜めた。今にも泣き出しそうに。
リリアン「申し訳ありません、ユリシーズ様。ケイシー様にお話を聞いていて、毒事件について知っていたのです……。本当はいけないと思っていましたけれど、ローズマリー様があんまりにも落ち込んでいらしたので、話してしまったのです」
ユリシーズ「いいや、違う。その事じゃないよ。ローズマリーに何をしようとしたんだい?」
騎士「捕らえました」
ユリシーズが言い切った途端、大勢の騎士がリリアンの背後から現れる。ならず者のような格好の男5人が騎士に取り抑えられ、縄を掛けられていた。ユリシーズは
ユリシーズ「よくやった」
と騎士を労った後、再度リリアンに問い掛けた。
ユリシーズ「もう一度問う。ローズマリーに何をしようとした?」
座り込むリリアンを冷たい目で見下ろして。
ユリシーズ「後宮から側室が出る事も――、後宮から側室が出る手助けをする事も重罪だって、メイフィールド侯爵令嬢ならば当たり前のように知っていただろう?」
リリアンはドレスの胸元を握り締める。くしゃりと鼻に皺を寄せた。
リリアン「……わたしは、ローズマリー様が外に出たいと仰っていたので、お手伝いしようと……!10年も後宮に居るなんて、可愛そうですもの……!」
ユリシーズ「その事だが、」
ユリシーズはひとつ息を切って、続けた。
ユリシーズ「どうやらローズマリーに他の側室と〝閨の儀〟を行っていると言っていたらしいじゃないか」
そして、温度のない笑みを浮かべる。
ユリシーズ「君とも、ね」
リリアンの視線がさまよいながら、ローズマリーの方を向く。ユリシーズに支えられながら、ローズマリーはリリアンと目を合わせた。
ユリシーズ「ローズマリーの侍女のカリスタが、密接に連絡を取り合っていたのは、ケイシー嬢ではなく、リリアン嬢の侍女だったそうじゃないか」
リリアン「そ、それは……」
ユリシーズ「まあ、カリスタの夫がメイフィールド侯爵家の人間だったなら、不思議なことじゃない」
普段温厚なユリシーズの睨みに、リリアンはやや顔を青ざめさせた。
ユリシーズ「カリスタとケイシー嬢がちゃんと話してくれたよ。――彼女達も実家の家族達が大事らしいからね」
黙り込んだリリアンを騎士が取り囲む。ユリシーズが短く
ユリシーズ「連れて行け」
と命令すると、リリアンは騎士に促されて、観念したようにゆっくりと立ちあがる。背筋を伸ばして、毅然とした態度で前を見据えたリリアンだったが、連行される瞬間、ローズマリーにひと睨みを残した。

〇王城 厨房

オーブンを覗き込んでいたブラッドとローズマリーは、ワクワクとしながら中身を取り出した。オーブンに並べられていたマカロンの生地は表面がしっかり焼けている。ブラッドはそのうちの一つを手に取り、半分に割って中身を確かめた。
ブラッド「中身もちゃんと焼けていますね」
ニッと白い歯を見せ、ローズマリーにもマカロンの断面をみせる。
ローズマリー「本当……?!じゃあ……」
ブラッド「ええ。成功ですよ」
ローズマリー「やったわ!」
拳を握り締めて喜ぶローズマリーにブラッドはポツリと呟いた。
ブラッド「ここまで教えることになるとは思いませんでした……」
ローズマリー「そうなの?」
ブラッド「お遊びで付き合ってきたつもりでしたが、意外と本気だったんですね……あ」
うっかり本音をこぼして口を押えたブラッドに、ローズマリーは気まずげに目をやや横に逸らした。
ローズマリー「まあ、確かに最初は好きな事の方がいいかなぁという軽い気持ちだったわ」
そして、ブラッドにしっかり目を合わせてニカッと明るく笑った。
ローズマリー「でも、お菓子作りの甲斐と楽しさはユリシーズ様とブラッドが教えてくれたんだもの。だから、これからもよろしくね、〝師匠〟」
ブラッド「ええ、勿論宜しくお願いします――」
ブラッドもつられて微笑んで――、ふと真顔になった。
ブラッド「あ、でも、ユリシーズ殿下の嫉妬が怖いので、程々にお願いしますね……」
ローズマリー「え、ええ……」
ローズマリーは顔を赤くしてしどろもどろになりながら頷く。
ブラッド「今回のお菓子は直接ユリシーズ様に手渡し出来そうですね?」
ローズマリー「そうね……。なんだかんだあったものね……」
ちらりとローズマリーは厨房の隅を見る。新しい侍女が静かに控えているのだった。
ローズマリー(――あれから、カリスタとは違う侍女が付けられて、後宮からは2人側室が居なくなった)

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