【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
打算の婚約

『私の名前は左藤花恋(さとうかれん)。サトウのサは“ひだり”です。にんべんはつきませんのでご注意ください。下の名前については触れたくないため割愛します。9月に28歳になりました。この年齢がどういった印象を与えるか……』
頭の中で文章を練っていたとき、視界の端に動くものが映った。
私は文章をよそへやり、しれっと自席につこうとしている男性に声をかける。
諏訪(すわ)さん、おはようございます」
「うわっ」
あからさまにいやそうな顔で、「見つかった」と彼がつぶやいた。
「見つかった、じゃありません。刈宿(かりやど)さんがおさがしですよ、とお伝えしてありましたよね?」
「まだ始業前だ」
「昨日の夕方のお話をしています。帰社予定をとりやめるのならご連絡を」
「さっき、なにか夢中で考えごとをしてただろ。続けてくれていいよ」
必要な書類だけ取って、さっさと外出するつもりだったらしい。鞄を置く気配もない彼を逃がすまいと、私は席を立って詰め寄った。
「質問にお答えください」
「伝えてはもらってたよ、たしかに」
はい答えたよとばかりに肩をすくめ、わざとらしく窓の外を眺めているふりをする。ここは52階建てのビルの48階だ。冬の空をバックに、割り箸で工作したようなデザインの都庁が、高層ビルを従えているのを見下ろせる。
「私が代わりに質問攻めにあいました」
「完璧な受け答えだったらしいじゃないか。さすが僕の自慢のアシスタントだ」
「ほめていただきたいわけじゃありません」
「それも知ってる」
長身に濃紺のスーツをまとい、すまなそうな様子すら見せないこの諏訪一臣(かずおみ)氏は、ここ《モメント・テック・ビジネスパートナー》の若き準トップだ。
いまや万人のスマートフォンに入っているだろうコミュニケーションアプリ“モメント”を世に送り出した《モメント・コーポレーション》を親会社に持ち、関連するシステムを法人向けに開発し、運営しているのが わが《テック》である。
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