Before dawn〜夜明け前〜
1.四月〜出口のない闇〜

入学式

ーー私は、なぜ生まれたのだろう。



「いぶき、これ、ボタン取れたから」

風祭玲子(かざまつり れいこ)がパサッと、いぶきの足元にブラウスを放る。

「…はい」

アイロンをかける手をとめ、いぶきはそのブラウスを拾い上げた。

「あと、これ。明日の授業に持っていくから」

同じように、足元に放られた数枚のプリント。数学と英語の課題だ。

「はい」

いぶきがそれらも拾うのを見て、玲子は立ち去る。


青山いぶき(あおやま いぶき)、この春から高校生になる。

国会議員で地元の名士、風祭英作(かざまつり えいさく)と、愛人だったホステス、源氏名『アキナ』本名青山フキとの間に生まれた。

アキナは、いぶきを産んですぐに亡くなった。

いぶきは仕方なく、風祭家で育てられることになる。だが、英作の娘としてではなく、あくまで使用人として。認知すらされていない。

義務教育が終わり次第、風祭家を出て行こうと思っていた。その準備もこっそりしていたのだが…
タダで雇えてアゴでこき使える使用人を風祭のひとり娘、玲子が手離さなかった。


ーー私は、なぜ生まれたのだろう。
こうやって飼い殺される為?
ずっと、ずっと、こうやって風祭の為に生きていくの?


いぶきの世界は、光など差さない闇がどこまでも続いている。
終わりの見えない闇を抜け出そうともがいても、何一つ変わらなかった。
もう、何もかもを諦めたほうが楽になれる気がした。

諦めようと思うけど。

万に一つ、針の穴ほどでもチャンスがあれば、そこにしがみついてこの闇を逃れ、未来を切り開けるかもしれない。

わずかな希望が、いぶきの生きる糧だ。



いぶきはふと時計を見た。登校する時間だ。

傍に用意してあったカバンを手に立ち上がり、風祭家のリビングに顔を出した。

「…失礼します。

本日の旦那様のお召し物はいつものところに。
奥様の昼食は冷蔵庫に。
玲子様のお弁当は、テーブルの上に用意してあります。
本日は、入学式の後、新入生のオリエンテーリングがありますので、帰宅が遅くなります」

いぶきの言葉に風祭家の面々は頷きもしない。
もう、慣れている。
いぶきは小さく頭を下げ、勝手口から屋敷を出る。
同じ高校の三年生の玲子は、後から車で登校。
自転車すらないいぶきは、片道一時間の道のりをひたすら歩くしかなかった。
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