若奥さまと、秘密のダーリン +ep2(7/26)
プロローグ
聞き間違い?

そうだ。きっとそうに違いないと思いながら視線を落とした佳織は、資料をテーブルの上に戻して、そっと息を吐く。

ストレスが溜まっているのだろう。肩が重い。

半年前、この事務所に転職してからというものずっと忙しかった。
ここひと月は特に酷く、いつ寝ていつ起きたのかもよくわからないような毎日が続いていた。

短い一週間が終わり、疲れがとれないうちに迎えた月曜の朝の絶望感は、筆舌に尽くしがたいものがある。
お盆中はしっかりと休みを取ろう。もう少しで三十路になるのだから少しは体を労わらなければ。


――なんて感傷に浸っている場合じゃないわ。
彼は上客なんだもの。


己にムチ打ち、意を決したように背筋を伸ばした佳織は、目の前の客にニッコリと微笑みかけた。

「すみません。間違いがあってはいけませんので、確認させて頂きます。
 けっこんしたい、と、おっしゃいましたか?」

できるだけはっきりと “けっこん” を強調して口にした。
間違いがあるとすればその部分なのである。


はたして彼は、クスリと笑う。

――ほら、やっぱり聞き違いね。
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