さよなら、片想い
2.新しい音楽に触れたときみたいだ
 岸さんとの食事は、初めてにしては悪くなかった。
 
 ファミレスにでも連れて行かれるのかと思ったら、小上がりのある小料理屋だった。
 お酒を出す店だけれど、時間が早いから酔っぱらいの声もない。

 私がお酒を断ると、岸さんも飲もうとはしなかった。
 私に遠慮しなくていいですよと言ったら、バイクで来ているからとのこと。

 そういえば岸さん、会社で数人しかいないバイク乗りだった。
 後ろに人を乗せられるような大型の。


 私は撮影のお願いをされているんだ、接待されているんだ、と思って、無理に話題を探そうともしなかった。
 適当に話しすぎて、なにを話したか覚えていない。


 あ、でも、言われたことの一部は、
「名取さんとしゃべってみたらどんな感じかな、と思っていた」
というフレーズは、耳に残っている。

 なんでもないことのように、涼しい顔で岸さんはいたのに、私に届くと甘くてくすぐったいものに変わる。
 気持ちよくなる。

 まるで新しい音楽に触れたときみたいだ。


 
 店を出て夜風に当たる。

 もうすぐ十一月。
 空気がさすがに冷たかった。

 私は念入りにストールを巻きつける。
 それを岸さんが見ている。

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