騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
三章

 庭の花壇の水やりの手を一旦止めて、エルシーは青い空を仰ぎ見た。日に日に高くなっていく太陽は、季節がそろそろ初夏の入口に差しかかっていることを物語っている。

 王女の婚約祝賀会から、約一ヵ月が過ぎた。グローリアは無事に隣国ダルタンドへ輿入れし、エルシーは王宮侍女を辞して実家へと戻った。ひとつの大きな慶事を終え、王宮内は落ち着いた空気に包まれているが、秋には国王ジェラルドの婚姻が予定されているので、いずれまた慌ただしく動きだす。それに伴い王族警護の第一騎士団の任務も、さらに多忙を極めるだろう。つまり、今がエルシーとアーネストに与えられた結婚準備の猶予期間であった。

 婚礼衣装の採寸と仕上げは急ピッチで進められ、式やお披露目を兼ねた舞踏会などの段取りも組まねばならない。式も披露宴もあまり派手にならない程度に、というエルシーの意向にアーネストも賛同してくれたが、さすが公爵家の人脈というべきか、招待客はかなりの数に上っている。アーネストの両親は数年前に亡くなっているため、新しく公爵夫人となるエルシーが、広間のテーブル等の配置や飾りつけ、料理や使用する食器に至るまで、すべての采配を振るわなくてはならないのだ。

 長年の王宮務めの成果で美しい所作は身についているので問題はなかったが、思いのほかエルシーを苦しめたのはダンスだった。没落寸前だった我が家に舞踏会を催せるような余裕はなく、当然招待を受けたこともない。これ幸いとエルシーは仕事に没頭してたのだが、ここに来てそのつけが回ってくるとは思ってもいなかった。貴族令嬢が通常、数年かけて身につける技術をこの短期間で、しかも超一流にまで磨き上げておかなければならない。セルウィン公爵家の若き女主人に世間の注目が集まる舞踏会で失敗などしたら、アーネストの顔に泥を塗ることになる。エルシーは気力を振り絞って、毎日ダンスのレッスンに励んだ。
 
 
< 55 / 169 >

この作品をシェア

pagetop