しあわせな時間はあっという間に過ぎていくということを、愛衣さんと一緒に過ごして改めて思い知った。そして、今までひとりきりで過ごした時間の長さを思い知る。

 どの時間も均等に流れているというのに、恋人と過ごす時間の短さに、歯がゆさを覚えたのは俺だけじゃないはずだ。

「おはようございます」

 次の日、扉を開け放ちながら経営戦略部に足を踏み入れたら、いつもならいない猿渡が駆け寄って来た。

「須藤課長、おはようさん!」

「なにかあったんですか? この時間帯にいることが、最近増えていますが……」

「昨日ヒツジちゃんと帰って、イチャイチャしたんと違うん?」

 質問の回答をせずに、プライベートのことを逆質問されたことについて、文句の一つくらいあっていいだろう。

「皆が仕事をしてるのに、呑気に彼女とイチャイチャできる立場じゃないだろ。それで昨日の仕事の進捗の報告は、どうなっているんですか?」

 本当は愛衣さんとイチャイチャしまくった手前、心苦しさがかなりあったが、課長という立場上、体裁を保ってしまった。

「僕の報告よりも、須藤課長が童貞を喪失したかどうかの報告が、皆気になっとるんですわ」

 猿渡がビシッと指を差したほうに、経営戦略部のメンバーが勢揃いしていて、俺たちの様子を自分たちのデスクから、固唾を飲んで見守っていた。

「え……」

(――ちょっと待て。俺の童貞喪失を、どうしてこんなに知りたがっているんだ?)

「あーあ。猿渡ぃ、須藤課長の様子を見て、察してやれよ。どう見ても、うまくいかなかったことがわかるのに」

 至極つまらなそうな顔した松本がデスクに頬杖をつきながら、乾いた声で告げた。

「ヒツジちゃんひとりじゃ、荷が重かったんだと思うさぎ」

「須藤課長、いざ本番を目前にして、ビビってしまった感じですか?」

 原尾がしょんぼりしてる中、高藤が眉根を寄せながら訊ねた。

「ビビる以前に、そういうことをしていないって言ってるんだ。いい加減にしてください」

(こんなことでボンヤリしてる場合じゃない。昨日休んだ分も含めて、今後の対策や進めなければならない業務を、これから手際よくやっつけなければ!)

 猿渡をやり過ごし、自分のデスクに赴く。パソコンの電源を押して、鞄から書類の入ったファイルを取り出しかけたそのとき。

「おはようございます……」

 なにをしていても聞き逃すことのできない愛衣さんの声で、胸がドキリと弾んだ。目線だけ上げて扉を見たら、どこか恥ずかしそうに俺を見る彼女と視線が絡む。

(サラサラでまっすぐの髪の毛、着痩せして見えるスタイルも含めて、全部かわいい♡)

 ほわんとしかけたことにより、顔が崩れそうになったのに気づき、表情筋を慌てて引き締める。

「おはよう!」

 挨拶以上のことを喋らずに、愛衣さんと絡んだ視線を無理やり外して、デスクに置いたファイルの表面をじっと眺めた。たまたま見つめた先が裏表紙なので、文字のひとつもないそれを、食い入るように見つめることのつらさをわかってほしい。