【最新版】異世界ニコニコ料理番~トリップしたのでお弁当屋を開店します~
「雪、逃げなさい!」


 黒ウサギの声ではっと我に返った私は、震える足に力を入れて勢いよく立ち上がる。


「ウサギが……喋った?」


 数分前の自分と同じ反応を見せる男性を置き去りにして、私はウサギを抱えると全力で不審者から逃げ出した。

 無我夢中で足を動かしながら、ふと疑問に思う。

 そういえば、私……ウサギさんに自己紹介したっけ?

 数分前の記憶を手繰り寄せようとしたのだが、あてもなく走り続けているうちに苦しくてなにも考えられなくなる。

 そろそろ息がもたないかもしれないと思っていたとき、なにかに足が引っかかった。


「うわあっ」


 悲鳴をあげながら踏ん張るものの、身体を支えきれずに前につんのめる。

 とっさにウサギを懐深く抱き込んで、そのまま豪快に土の上を転がった。


「痛たたた……ウサギさん、大丈夫?」


 上半身を起こすと、腕や膝を擦りむいていて、じんわりと血が滲んでいる。

 その傷口をウサギが心配そうに覗き込んだ。


「私のことはロキって呼んでちょうだい。それよりも大変、早く怪我したところを水で洗わないと」


 喋るウサギ──ロキに「うん」と返事をしつつ、私は周りに視線を向ける。

 そこで真っ先に目に飛び込んできたのは木に背を預けるようにして座り、瞼を閉じて俯く青の軍服と鎧を纏った男性だ。

 おそらく二十代後半くらい。右目には切られたような古傷がある。

 その足元には見るからに重そうな大剣が転がっていて、ぴくりとも動かない男性に私は自分の身体から血の気が引くのを感じた。


「し、死んでる?」


 ごくりと息を呑み男性に近づくと、彼の深緑の髪と揃いの色をしたまつ毛が震えた。

 私は希望を見つけたような気持ちで、その肩を揺する。


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