瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
「あの男と剣を交えることになったとき、彼女は俺の心配など微塵もせず、彼ばかりを気にかけていた。あれが彼女の本音だろう」

 思いがけない指摘にレーネは目を見張る。言われてみればそうかもしれないが、当事者であったクラウスがそこまで見ているとは思いもしなかった。

 相変わらず人を、周りをよく見ているとレーネは感心する。

「俺への気持ちは幼い頃によくある憧れというものだ。本気じゃない」

 きっぱりと言い切るクラウスにレーネはふと疑問が湧いた。

「憧れと恋ってどう違うの?」

 この手の感情に関してはレーネにとってはまだまだ未知数だ。真面目に問われたが、クラウスは渋い顔になる。

「……その問答をしていたら三日三晩かかるな」

「あ、逃げた」

 すかさず切り返したが、レーネも突き詰めるつもりはない。わずかに顔を綻ばせ自らクラウスの頬に手を添えた。

 愛でも恋でも憧れでもかまわない。どんな想いでもきっと――

「好きな人と一緒にいられるのは幸せなことだから」

 ぽつりと呟くと、頬に添えられた手に男の手が重ねられる。

「……お前は、幸せなのか?」

 神妙な顔で尋ねられた質問にレーネは目を細める。

「うん。幸せ」

 この気持ちは本物だ。それだけは、はっきりと言える。レーネはそっと目線を落として空いている方の手で自身の腹部を撫でた。

「あなたがいて、この子もいるしね」

 まだ膨らみはなく正直実感も湧かないが、レーネの中には新しい命が宿っていた。クラウスはレーネの額に口づけを落とすと、口角を上げ不敵に笑う。
< 150 / 153 >

この作品をシェア

pagetop