瞳に印を、首筋に口づけを―孤高な国王陛下による断ち難き愛染―
 必死に自分に言い聞かせるレーネにカインが畳みかける。

「彼が神子さまを大事にするのは当然です。あなたの力でここまで来たのですから」

「それだけじゃない」

 反射的に否定し、思ったよりも大きい声になってしまった。目だけ動かし辺りを見渡すが、皆それぞれのパートナーや雑談に夢中でレーネたちに興味を示す者などいない。

 ほっと胸を撫で下ろし、レーネは静かに呟く。

「彼は元々優秀な人間よ。私がいなくてもいずれ王になっていたわ」

「なら、神子さまの見る目が確かだったのでしょう。素晴らしいことです」

 レーネはなにも答えられなかった。そんな彼女に対し、カインは少しだけ呆れた面持ちになる。

 彼にとっては神子とはいえレーネはいつまでも手のかかる少女というイメージから脱却できない。おかげで忠告するにも幼子に言い聞かせる調子だ。

「いいですか、神子さま。いくらあなたが極力表に出ないようにしても、その存在は徐々に尾ひれをつけながら広まりつつあります。ゆくゆくはあなたの身が危なくなる」

「……わかっているわ」

 気を引き締め直すと、曲調が変わった。そのタイミングでカインは神子に外に出るよう促す。

 いい雰囲気になった男女がふたりで抜け出すなどこういう場ではよくある話だ。レーネは承諾し、ちらりとゲオルクの姿を探す。

 色とりどりのドレスに身を包んだ美しい女性たちに囲まれているが、当の本人は仏頂面だった。もう少し愛想よくすればいいものを、とレーネは心の中で呟く。

 しかしその一方で、彼はあの中の誰かとダンスを踊ったりするんだろうかと想像するとなぜだか胸が軋んだ。

 この痛みの正体がなんなのか、深く追及するのも嫌でレーネはさっさとこの場を後にしようとカインに続く。

 その後姿に視線を向けられていることに彼女は珍しく気づかなかった。
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