異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「えっと……。すごく光栄なお話なんですけど、そうするとその間、お店を閉めなければいけませんよね」
「それについては、ぬかりない。準備期間中は、厨房スタッフとして王宮料理人が何人か入ってくれる予定だ。お前は新作が出るたびにレシピも渡してくれただろう。みな、この店のひととおりのスイーツは作れるようになっている」
「そ、そうなんですか? でもそうした、春のお祭りに出店する出店はどうなりますか? 生誕祭よりもお祭りのほうが先ですよね」
「その準備にも、王宮の厨房を使ってくれていい。必要だったら料理人を手伝わせてかまわない。当日出店する広場は、店からよりも城からのほうが近いし、お前も楽なんじゃないか?」

 お城の厨房の設備で作れて、お手伝いのスタッフも借りられるというのはありがたい。だお店では厨房スタッフを増やしていなかったので、これから雇ってお祭りに間に合うか不安だったのだ。ひとりでやるなら、お祭り期間と準備期間で、長く店を閉めることになるし。

「エリーちゃんのスイーツを、王族たちにお披露目するチャンスだと思うんだ。あの人たちに気に入られたら、あっという間にスイーツの文化は浸透していくと思うし」

 確かに、昔のヨーロッパを思い出しても、新しい文化を広めるのは王族の女性が多かった。マリー・アントワネットしかり、ヴィクトリア女王しかり。

「それにエリーちゃん自身の勉強にもなるんじゃないかと思って。王宮の厨房は広くて設備も整っているし、なにより手配しなくてもすぐに材料が手に入るよ。新作のレシピを開発するにはもってこいなんじゃないかな」

 そこまで言われたら、断りづらい。

 ただ――。お店を持つ、パティシエになるという夢は叶えられたけれど、それはスイーツ文化のないこの国だったからだ。
 舌の肥えた高貴な方々に、しかも王子の生誕祭に出せるようなスイーツが私に作れるのか、正直自信がない。
「なんで、迷っているんだ」

 アルトさんは怒ったような口調だったけれど、瞳はなぜか悲しそうに見えた。

「自信がなくて……」

 なんとなく顔がまっすぐ見られなくて、下を向いてつぶやくと、「そんなことか」とアルトさんはため息を吐いた。呆れているというよりは、ホッとしている様子。

「生誕祭の主役である俺が、お前のスイーツがいいと言っているんだ。不安に思う必要がどこにある」

 そう、居丈高に言い放つ。
 ああ、アルトさんは、私の腕をひとかけらの疑いもなく信じてくれているんだ。

「それに、誕生日なんだ。その日くらい、俺のためだけに作ってくれたスイーツを食べたいと望んだって、いいじゃないか……」
「アルトさん……」

 ぽそりと、すねたようにつぶやかれたその言葉を聞いて、私の心は完全に決まった。
< 64 / 102 >

この作品をシェア

pagetop