異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました
「ち、違うぞ。今のはその……」
「私、やります! アルトさんのための誕生日スイーツ、精一杯作ります!」
「ほ、ほんとか?」

 だれかに喜んでもらいたい、幸せになってもらいたい。そう思ってスイーツを作り続けてきたはず。
 誰よりもたくさん、私のスイーツを食べてきてくれたアルトさん。そのアルトさんが私のスイーツで喜んでくれるのなら、ここで一肌脱がなくていつ脱ぐのだ。

「はい!」
「そ、それじゃ、そう決まったと話をつけておく。明日からこの店に料理人を送るから、店を任せられるようになり次第、城に出仕しろよ」

 アルトさんは、頬がにやけるのを必死で押さえているような表情をしていた。

「エリーちゃん、引き受けてくれてありがとう」

 お茶を淹れるのを手伝う、と申し出てくれたベイルさんが、ふたりきりになったとたん、そう耳打ちしてきた。

「いえ、こちらこそ、光栄なお話をありがとうございます」
「殿下は照れて本音を言わないけれど、内心相当嬉しいはずだよ。今日、店に来るときなんて、表情がこわばっていたんだから。断られることを想像していたんじゃないかな」

 それは、とても意外だった。アルトさんは、あんなにいつも自信たっぷりなのに、誰かに拒否されることをこわがったりもするんだ。
 私が断っても、アルトさんだったらいくらでもかわりの人を見つけられるはずなのに。

「どうして――。アルトさんはそんなに喜んでくれるんですか? この国には腕のいい料理人がたくさんいるはずですし、スイーツを作るにしてもその人たちに覚えてもらったほうがいいものができるかもしれません」

 こんな小娘が仕切るよりも、有名シェフや王宮料理人のほうが王族にも好印象なのではないか。

「エリーちゃんが作るから意味があるんだよ。きっと生誕祭のその場に、エリーちゃんにいてほしかったんじゃないかな。殿下はきっと生誕祭に……いい思い出はないはずだから」

 ティーポットに茶葉を入れるベイルさんの横顔は、沈んでいた。

「それって、どういう――」

 聞き返そうとしたとき、火にかけていたやかんから蒸気が噴き出していることに気付いた。

「あっ……、沸騰してますね」

 火を止めると、ベイルさんはお湯をさっさとティーポットに入れて紅茶を完成させた。

「早く持って行こう、エリーちゃん。あまり待たせると殿下がうるさいから」
「そうですね……」

 結局そのとき、ベイルさんに言葉の意味を尋ねることはできなかったけれど、お城に出仕するようになってすぐ、私はその意味を知ることになる。
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