その上司、俺様につき!
元同僚の複雑な心中
朝からメガトン級の面談を終え、昼の一時休憩を入れて午後からも面談をこなす。
ひと通り終わった後、久喜さんは面談の結果をまとめ、私は今朝頼まれたファイルの整理を開始した。
時刻はすでに午後9時を回っている。
(ドッと疲れた……)
一発目に、最高潮までヒートアップした面談を経験したおかげか、あとの8名は知った顔であることが気まずかっただけで、無事にソツなく同席することができたと思う。
(まさか飯田君が、ずっと総務部に行きたいと思っていただなんて……)
本日何度目になるのかわからないため息を吐き、ファイルに見出しラベルを貼っていく。
いろいろと考え事をするには、機械的な作業のほうが助かった。
そして、手だけは休まずに動かしながら、私はちらちらと控えめに久喜さんに視線を送る。
「本当に飯田君を異動させるんですか?」
……聞きたい気持ちは山ほどあるが、さすがに聞けない。
(変わり者のこの人のことだから、案外聞いたらすぐ、さらっと答えてくれるのかもしれないけど)
何を考えているのか、想像すらさせてくれない無表情な横顔。
このまま見つめているだけでは、何も進展しない。
でも、直接聞くのはどうしても躊躇われた。
(それに、飯田君がこれからがどうなるか聞いたところで、私一体はどうしようって言うのよ)
自分の心に広がるモヤモヤした気持ちを、どう処理していいのかわからない。
私は手元に視線を落とすと、黙々と作業に没頭した。
ファイルは分厚いが、整理作業自体は単純だ。
一旦すべての書類を取り出し、並び替えて、まとめて、以降探しやすいように見出しをつければいい。
(誰にでもできる、簡単なお仕事です!)
心の中で茶化しながら、次々にファイルを片づけていく。
誰にでもできる、だからこそ―――。
(私じゃなくてもいいじゃないって思うはずよね、普通は)
でも、飯田君は違う。
誰にでもできる仕事ばかり扱う部署を、自ら希望している。
……これまで何度、私は彼に総務部の愚痴をぶつけてきたことだろう。
それを、飯田君はどんな気持ちで聞いていたのだろうか?
(そうか……このモヤモヤは罪悪感なんだ……)
持て余していた感情の正体がわかって、少しだけ気持ちが楽になった。
でも、はっきりと罪悪感を自覚したことで、ほんのわずか浮上したテンションもすぐさま急降下する。
飯田君が希望する部署を、散々バカにしたこと。
あなたは営業部でバリバリ活躍できてうらやましいと、見当違いの嫉妬をしたこと。
「本当に営業に向いていると思う」と彼の資質を褒めちぎったこと……。
(今更、過去のことは取り消せないけど……)
昔の自分を振り返ると、自責の念にかられるばかりだ。
かと言って、私が彼に謝るのも何だかおかしな気がする。
(どうしたもんかな)
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