病気の時は
2.


 目を開けたら、お気に入りの抱き枕の犬が目の前にいた。
 自分の匂いに混ざって、かすかに彼の匂いがする。さっき、彼がこれを抱いて寝ていたから。
 あれ、じゃあ彼はどこに?と思ったら、私が寝ている横で、ノートパソコンを出して仕事をしていた。
 私には背中を向けているから、目を覚ましたことに気付いていないようだ。
 髪がぬれてて、タオルを首からかけて。私が眠ってしまう前はスーツだったのに、家に置いてあったスウェットに着替えている。シャワーしてきたんだ、きっと。

 広い背中。
 ちょっとだけ見える横顔は真剣にパソコンを見ていて、何かを考えている。
 優しい顔立ちは、整っている方だと思う。
 今は外しているけど、細いフレームの眼鏡をかけるとキリッとして、いい男5割増しだ。
 180cmをちょっと越す長身は、細身だけどしっかりした体つき。
 穏やかな性格故か、好感度は高い。仕事も頑張っていて、将来も期待されている。
 騒がれるほどではないけれど、彼を狙う女性は確実に各所に存在している。

 そんな彼が、一体どうして私なんかを好きになってしまったのか。
 5つも年上。容姿は普通。お金も名誉もない。仕事はちょっとはできるけど、年数を重ねれば誰だってこのくらいできる。
 自慢じゃないけど女子力は高くない。家事は普通にしかできないし、色気もない。

 付き合い始めて1年たったけど、未だに理由はよくわからない。

「……はるちゃん」
 静かに声をかけると、はるちゃんはこっちを向いた。
「千波さん起きた?体、平気?まだ辛い?」
 はるちゃんは、いつもこうやって私を気遣ってくれる。時々、口うるさいくらいに。
「大丈夫……また寝ちゃった」
「まだ熱下がったばっかりなんだから、体が休めって言ってるんだよ。今日もゆっくりしてなよ」
 体はもう平気だと思うんだけど。
「今寝ちゃってたのは、はるちゃんにくっついてたからだよ。絶対なんか電波出してる」
 はるちゃんは軽く笑う。
「出してないよ。でも、それはそれで嬉しいかな」
「嬉しいって?」
「俺にくっつくとリラックスするってことでしょ?彼女にリラックスしてもらえるって、彼氏としてはすっごく嬉しいんだけど」
 はるちゃんはにっこり笑う。
 間近でそんな笑顔……眩しいんですけど。
「仕事、してるの?」
「うん。暇だったから」
「ごめんね、無理して来てくれたんじゃない?」
「無理なんてしてないよ。ほんとに暇だったからさ。千波さん、ご飯食べられる?普通ので平気?」
「うん、大丈夫。あれ、はるちゃん、もしかして昨夜も食べてない……?」
「そう。さっきから腹減っててさ」
 なんか作るね、と、はるちゃんは立ち上がった。
 私も起き上がる。
「ごめん、私だけ食べちゃって」
「いや、俺が食べ損ねただけだから。トーストとスープでいい?」
 はるちゃんはサラッとキッチンに立つ。
 2人でいる時は、大抵はるちゃんがご飯を作る。
 それは女としてどうなのかって時々思うけど、元々男女の役割が無く、手が空いてる人が家事をやるという家庭で育ったので抵抗は無い。
 はるちゃんのご飯は美味しいし、本人も料理は好きらしいので、特に問題はない。
「なんか手伝う?」
 キッチンに立つはるちゃんの後ろから覗いてみる。
 はるちゃんは、優しく笑う。
「いいから、病み上がりはゆっくりしてて」
 はいはい、と背中を押されて戻された。

 はるちゃんは、いつも優しい。
 いつも優しくて、甘やかしてくれて。

『俺、いても良かったんだなあって』
『俺いなくても、千波さんは平気だと思ってた』

 こんな風に思わせてしまっていたなんて、気付かなかった。
 気持ちは伝えていたつもりだったけど。
 でも振り返ると、仕事優先で、自分から連絡したり、どこかに誘ったり、なにかをしてあげたり、っていうのは、あまりしてこなかった。
 甘え過ぎてたのかもしれない。
 ちゃんと伝えなきゃ。
 でもどうやって?
 昨日、言葉では言ってみたけど。
 『わかった』って、はるちゃんは言ってたけど。

 考えているうちに、はるちゃんはトーストと野菜スープを運んできた。

 はるちゃんの作ったご飯は、やっぱり美味しかった。



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