お仕えしてもいいですか?

 どの企業にも誰からも好かれる有能な社員というのがひとりくらい存在するものだ。

 人間というのは不思議なもので、会社という組織に所属し、働いていくうちに目には見えない様々な序列が生まれる。

 年上の者は年下の者を。上司は部下を。有能な者はそうでないものを。

 蔑んだり、妬んだり、あるいは魅了されたり、羨望の眼差しを受けたりと、誰かが誰かに向ける感情は序列とともに日々、刻々と変わっていく。
 
 人間関係の坩堝《るつぼ》とでもいうべき企業の中で、誰もが憧れを抱く一等星のような存在――そんな国宝級の社員がいる。他の追随を許さず、誰からの干渉も受けず、旅人を導く一等星は、時に企業にとってなくてはならないものである。
 
 木綿子《ゆうこ》の勤務する会社にも犬飼《いぬかい》桜輔《おうすけ》という社員がいる。
 
 犬飼は勤続十年になる中堅社員で、今年三十二歳になる。若手の頃から数多くのプロジェクトを成功に導いてきた切れ者で、役員からの覚えもめでたい。

 なにより、細身のスーツをサラリと着こなすスタイルの良さ、すっとのびた鼻梁、書類を流し読みする涼やかな目元は、これまで数多くの女性社員にため息をこぼさせてきた。

 華々しい経歴と類まれな容姿に恵まれた犬飼に対し、木綿子は地味そのものであった。

 眉毛の位置で切りそろえられた前髪、ヘアゴムでまとめただけのセミロングの黒髪。清潔感はあっても、色気は皆無の化粧っ気の薄い顔。

 人間関係の序列をピラミッドで例えるとするのなら、おそらく木綿子は一番下段のその他大勢だろうし、犬飼は間違いなく頂点に近いところにいる。

 そんな木綿子と犬飼が上司と部下という一線を超えた関係などと一体誰が思うだろう。

< 1 / 25 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop