最後の一夜のはずが、愛の証を身ごもりました~トツキトオカの切愛夫婦事情~
自分の中の異変を感じたのは、書類を受け取ってからだ。必要事項を記入している最中、なぜか走馬灯のように一絵の様々な一面が脳裏を過ぎった。

初めて会ったとき、グラフィックデザイナーになりたいと夢見ていた彼女の瞳が、キラキラして眩しかったこと。現在、仕事している最中もその光を絶やしていないこと。

結婚式の誓いのキスで唇に軽く触れた直後、恥ずかしそうに俯く彼女が、とても可愛かったこと。

くだらない話で気を許したように笑う顔、風呂上がりの濡れた髪、『おかえりなさい』と紡ぐ温かい声……。

思い返せば、どれもが素敵で記憶に焼きついている。もうそれらを近くで見られないのだと思うと、胸を摘ままれるような、かすかな痛みが走る。

これは、なんだ? ペンを持つ手が異様に重くて進まない。なぜ、こんなに虚無感を抱いている?

心に生じた異常に気づき始め、記入し終わった離婚届を呆然と眺めていたとき、一絵の口からあられもない発言が飛び出した。

『私を抱いてください』と。

なにを言い出すのかと動揺し、もちろん断ったが、どうやら彼女なりの強い意思があるらしい。
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