花鎖に甘咬み


ええ??


さっき、行くって言ってたじゃん。

まさか、嘘?
と真弓の目をじーっと見つめると。



「嘘じゃねえよ」

「なんで、わたしの言うことわかるのっ!」

「わかりやすい視線投げてくるからだろ」



そんな、わかりやすかったかなあ。

それより、なにより。



「でも、どうするの? ここにはお寿司屋さんはないんでしょ」

「ああ。奥の手を使う」

「奥の手……?」

「いいから黙って着いてこい」



質問してもムダってことだ。

探ることをあきらめて、真弓の背中にぴったり着いていく。



ひやりとした風が頬を撫でていく。

あまりに暗くて私には何がなにやらわからないのに、真弓は迷うことなく右へ曲がったりはたまた左へ曲がったり。

置いていかれないように必死で着いていった先で、たどり着いたのは。



突き当たり、行き止まり。
目の前に立ちはだかるのは。


────柵?




「ここって……」




背よりもはるかに高い柵には、茨がびっしりと巻きついている。

と、いうことは。




「〈薔薇区〉と外の境界」




私が口にするより先に、真弓が答えをくれた。


この柵、屋敷の北側にあるのと同じ……。

数時間前、私が屋根から飛び越えてきたものと、まったく。



やっと納得した。

ほんとうにこの〈薔薇区〉は茨の柵で囲われた閉鎖的な空間なのだ。




「あの、ここから、どうするの?」



まさか、飛び越えるわけでもあるまいし。

どうしたって、この先は行き止まり、のはず……。



「だから、奥の手っつったろ」



シャラン、と音がして。


見れば、真弓の手のひらには古ぼけた金色の鍵が握られていた。

中世ヨーロッパを思わせるような、繊細で荘厳な装飾が彫られたウォード錠。


思わず、息をのむ。



「か、鍵って……」



戸惑いの声を上げると、真弓の手のひらに口をそっと覆われた。


声、出すなってこと。

あわてて息を殺して、こくこくと頷いた。

茨で覆われた柵を探るようにして、真弓が金色の鍵を差し込んだ。そして、そっと、回す。



────カチャン。



耳をかすめる、わずかな金属音。
そのまま真弓が腕を押しこむと。




「……っ、うそ」




ギイィィィ────。

鈍く軋む音とともに、禁忌の扉が外側に開いた。





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