強引な無気力男子と女王子
 「・・・フフッ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。べつに悠理と別れろなんて言ったりもしないし」
 「ふざけないでください!私に声をかけたのはどうしてですか?」
 私の視線を受けてなお、笑った彼女につい声が大きくなる。
 「貴方、名前はなんていうの?」
 「・・・柳井真紘ですが」
 「そう。真紘ちゃんは悠理から私のこと何か聞いてる?」
 ちゃん付けで呼ばれたのなんていつぶりだろう。
 なんて、場違いにもそんなことを考えてしまった。
 「何も。でも、貴方が悠理に何か酷いことをしたことは知っています」
 「・・・そうね。『酷いこと』と言われても無理のないことを私は悠理にしたわ」
 少しだけ悲しそうに目線を下げた樹里さんに、私は次の言葉を失う。
 どうして、この人が悲しそうな表情をするの・・・?
 悠理を傷つけたのは、貴方じゃないの・・・?
 聞きたいことは山ほどある。
 でも、どれも正しい質問とは思えなくて、私は沈黙を続ける。
 「・・・今日は、真紘ちゃんにお願いがあって」
 先に喋ったのは樹里さんだった。
 「お願い・・・?」
 「悠理に一度、会わせてほしいの」
 ・・・え。
 「さすがに、悠理本人にはいきなり会いに行けないから・・・。せめて、私の電話番号だけでも悠理に渡してほしいの」
 「・・・会って、どうするんですか」
 「悠理にちゃんと謝りたいの。本当に私は後悔しているってことを悠理に伝えたい」
 樹里さんは、縋るような眼差しでこちらを見ている。
 「お願い、真紘ちゃん!」

 「はぁ、結局名刺貰っちゃった・・・」
 自宅のベッドにごろんと寝転がりながら、樹里さんの名刺を眺める。
 恐らく仕事用なのだろう、いたってシンプルなデザインだ。
 ・・・どうしよう。
 樹里さんに必死さにおされて思わず持って帰ってきてしまった。
 悠理に渡して、大丈夫かな・・・。
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