月に魔法をかけられて
「はさんだだけって言っても、キャベツも炒めてあって味がついてるぞ」

「あ、キャベツは生だとぽろぽろ落ちちゃうので、私はいつも塩胡椒で炒めるんです。そしたらスパイシーだし、野菜がいっぱい食べれるし……」

「へぇー。俺、普通のより美月のホットドックの方が好きだわ。確かに、キャベツが旨い。美月ってやっぱり料理が上手いよな」

2つ目のホットドックも食べ終わり、ゆっくりとコーヒーを啜りながら私を見つめる。

「ありがとうございます……。でも私、最初は全然料理がダメだったんです。大学で東京に来てひとり暮らし始めたときは全く何も作れなくて……。私って一人っ子で、お母さんが何でも作ってくれてたんです。家にいるときはお手伝いとかもそんなにしてなくて……。だから帰省するたびに少しずつ手伝いながらお母さんがどうやって料理を作っているかをずっと見るようになって。東京に戻ってはお母さんの味に近づけるように料理を作ってました」

「そうか、美月のお母さんが料理が上手いのか……。そう言えば美月、今回帰省できなかったもんな……。今度美月が帰省するときに俺も一緒に美月のお母さんの料理を食べに行こうかな」

「あっ、はい。どうぞ……。えっ………?」

私の驚いた表情に、副社長はふわりと柔らかい笑顔で答えると、「美月、8時に出るから、それまでに支度しろよ」と言って、リビングを出ていった。


い、今のって、家に来るってこと……?

う、家に来るって……、
単なる、お母さんのごはんが食べたいっていう意味だよね?

別に深い意味はないよね………。
うん。きっとないはず……。


『結婚』という文字を思い描きそうになるのを必死で否定しながら、私も会社に行く準備を始めた。
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