月に魔法をかけられて
原石とダイヤモンド
「そう言えば、なかなかCM撮影が始まらないですね」

私はスタジオにいるスタッフの様子に違和感を感じて瞳子さんに尋ねた。

今回はカフェシーンの撮影なのか、ウッドテイストでお洒落な感じのカフェのセットが出来上がっているというのに、スタッフはまだ撮影の準備を始めず、のんびりとしている。

「まだね、モデルの武田絵奈が来てないの。沖縄から戻ってくる飛行機が遅れてるらしくって、まだ羽田にも着いてないみたいでね。男性のHAYATOは来ているんだけど。今日は長い撮影になりそうね」

瞳子さんは撮影の延長を覚悟しているようで、大きな溜息をつく。

「そうですよね。絵コンテのイメージ掴むためにもリハだけでもできたらいいのに。それも絵奈さんが来られるまで待つしかないですもんね」

私も苦笑いを浮かべながら、瞳子さんに同調するように頷いた。

「あっ、それいいわね。リハだけでも先にしておこっか。そうしよう!」

瞳子さんは何か思いついたのか、楽しそうな顔をして私を見た。

そして。

「あゆみちゃん、美月ちゃんをメイクさんのとこに連れてってくれる。そして衣装に着替えさせて、メイクをしてもらって」

「えっ? 美月先輩を?
あっ、それいいかも! はい、わかりました」

あゆみちゃんは嬉しそうに私の腕を掴む。

「えっ? はっ? どういうことですか? 瞳子さん?」

私は瞳子さんとあゆみちゃんが何を言っているのかわからず、2人の顔を交互に見る。

「美月ちゃんでね、武田絵奈が来るまで先にリハしておこうと思うの。イメージを掴むためにもね。美月ちゃん、ちょうど武田絵奈と身長と体型も似てるじゃない?」

「と、瞳子さん、いきなり何を言ってるんですかー。そんなの無理ですよー。絶対無理です。私、リハなんてできません……」

私は瞳子さんのありえない提案に、思いっきり顔を横に振った。

「はい、美月先輩ー、そんなこと言わないで早くメイクさんのとこに行きますよー」

「ちょ、ちょっと……、あゆみちゃん……」

あゆみちゃんは抵抗する私の腕を引っ張りながらメイク室へと向かって歩いて行った。
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