ズルくてもいいから抱きしめて。
上司との新たな恋。

姫乃の場合

彼が消えてから、6年もの歳月が流れた。

私はあれから誰とも恋愛ができていない。
彼のことを今でも待っているわけではないし、未練があるわけでもない。

さすがに6年も経てば良い思い出の一つだと思える。
ただ、彼のことは私の中で確かに大きな傷になっていた。

誰かをあんなにも愛し、あんなにも傷付いたことは無かった。

悪い男に騙されただけなのかもしれない。
でも、私には彼が悪い男だっとは思えないし、思いたくも無かった。

事故にでも遭ったのでは?と心配して探し回ったけれど、彼の行方は分からなかった。
あんなに一緒に過ごしてきたのに、私には彼の居場所を見つけることはできなかった。



あれから大学を卒業し、出版社に就職した。

彼が消えてしまってから、心の中にポッカリ穴が空いてしまったような気がした。
その穴を埋めようと必死で仕事に集中したけれど、何をしても虚しくて何をしても心の穴を埋めることはできなかった。

「神崎(かんざき)、お前また難しい顔してる。そんなんだといつまで経ってもオトコできねーぞ!」

笑いながらそう声を掛けてきたのは、私が所属する企画編集部 第一企画室 室長 【天城 樹(あまぎ いつき)】だった。

「天城さん、酷い!それセクハラですよ!」

私はわざと拗ねたように言い返した。

天城さんは、私が新人の頃の教育係だった。
たくさん怒られて厳しい時もあったけれど、いつも気に掛けてくれるとても頼れる先輩だった。
天城さんが室長になって上司と部下の関係になったけれど、今でも憎まれ口を叩きながら良い関係が築けていると思う。

「それで、今回はどういう企画で進めるつもりなんだ?」

天城さんはそう言うと、私の手元にある資料を覗き込んだ。

「今回は、最近話題になっている写真家に写真集の依頼をしようかと思っていまして、、、。」

私は少し迷いながら答えた。

「なるほど、、、でも、この写真家ってほとんど情報が無いからオトスの難しくないか?」

「そうなんですけど、昔の知り合いに写真家がいて、その人に少し話を聞きに行こうかと思っているんです。ダメ元ですけどね。」

私は自信無く苦笑いしながら答えた。
< 1 / 101 >

この作品をシェア

pagetop