その手をつかんで
不満が顔に出ていたようで、蓮斗さんは苦笑した。


「そんな顔をしないでもらえると、ありがたいんだけど」

「すみません、愛想笑いするのは苦手なので」

「心から笑ってくれるとうれしいけど、まあムリかな」

「はい……」


縮まっていた距離を開けるためにも、蓮斗さんの言葉に心が揺れてはいけない。切なさそうに見つめる瞳から、目を逸らした。

専務である彼と親しく話さないために。


「今日のもおいしかった。明日もまた来るね」


蓮斗さんは立って、空になった食器をのせたトレイを持つ。


「いいえ、毎日来なくても……」  

「飽きない味だから、毎日食べたいんだよ。野崎さんが来てくれて良かった」

「ありがとうございます」


彼は私がここにいる価値を見出してくれる。今月のメニューは私の考案したものではないが、いくつか味付けをアレンジしていた。

それを話していたので、おいしいという感想は素直にうれしい。

でも、やはり毎日来られるのは困る。

社食を出て行く蓮斗さんの後ろ姿を見ながら、ため息をつく。

ふと彼が振り返り、ドキリと心臓が跳ねた。目が合い、今度は逸らせない。
< 80 / 180 >

この作品をシェア

pagetop