きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「念のためもう一度聞こうじゃないか。理人ってさ、エリちゃんに未練あんの?」
「だから、ないって言ってんじゃん」

今心電図取ってもたぶんグラフは平坦。

「だって結構一方的にフラれたろ?」
「だからなんだよ、あいつは今頃夢に向かって頑張ってんだろうし」

何年前の話を蒸し返すんだろう。
グループで一緒に遊んでるうちになんとなく意気投合して、ゆるく付き合っただけなのに。

「じゃあさ、おまえが神崎さんに優しいのはなんでよ」
「俺は全世界に優しい」

ユキが生まれてから特に。
嶋野の冷めたような呆れたような顔はみなかったことにしよ。

「可愛いからだろ。正直に言え! 好きなんだろ! 好きに決まってる!」
「てめぇが指図すんな」
「自覚しろって言ってんの!」

嶋野はもんどりうってみせた。

「エリちゃんおまえのことまだ好きなんじゃない? どっかから神崎さんとおまえがいい感じなのを知って牽制しにきたんだよ、たぶん」
「いい感じって……牽制ってなんの話だよ」

意味がさっぱりわからない。

「バレてんだぞ、弁当交換したりふたり乗りで登校したりさ。髪色を地味にしたところでおまえは目立つ」

マジで?
あれっていい感じに見えてたのか。
なんか今頃恥ずいんですけど。

「だからエリちゃんや戸田が彼女のことを疎ましく思っても仕方ないことなんだよ」
「戸田は置いといて、なんでそこでエリが出てくんだよ?」
「認めたくないけどみんなおまえのこと本気なんだろうな」
「は?」

寝不足だからかこいつの話がまったく見えない。

「とにかく、年の離れたエロい彼女がいるんならそのことを周りにしっかりアピれ。 じゃないと戸田の目がこっちに向かねーし、エリちゃんは暴走するし、神崎さんはとばっちり喰うし、いいことないじゃん」

声のボリュームを落とし恥じらい気味に耳元で囁かれた。

「えっ、おまえ戸田狙ってんだ!」

嶋野に口を塞がれる。

「マジだぞ俺は。おまえに本命がいるってわかればみんな傷付かずにすむんだからさ。この際エリちゃんとヨリ戻すんでもなんでもいいからさ、頼むぜ?」

急な展開についていけずにぽかんとしてたら、いつのまにか女子に囲まれていた。

「久住シャンプー何使ってんの? サイド編むのにちょうどいい長さだからさぁ練習していい? って……わ!」

油断した。
窓から吹き込んだ風に、正面から煽られてしまった。

「……久住こんなにピアス開けてたんだ?」
「軟骨にもあいてるじゃん」

至近距離で見られたせいであっけなくバレた黒歴史。なんもつけてないのに女子の目はするどい。

「ただのファッションだよ。うちの学校のやつらみんなこんくらい普通だったし」

言い訳に説得力がなさすぎる。

「何言ってんだよ、おまえ中学んときすんげー荒れてたじゃん」

出た。嶋野の必殺、悪意のない無邪気!

「いや、だからそういうの関係ねーし」
「いやいやいや。今のこのもっさりスタイルにみんな騙されてるけど、ピアスの数はこいつの十字架みたいなもんだぜ?」
「テキトーなこと言ってると落とすぞ」

嶋野にヘッドロックをかけた。眠気とんだじゃねーかよ。代わりにてめぇを永眠させてやろうか。

「銀髪だったって噂ほんとなんだ? すごいモテたんでしょ、絶対カッコいいやつじゃん。嶋野スマホ出しなよ、見たい〜!」
「出させるか」
「ちょ、吐く! 死ぬ!」

全消去、させとくべきだった。
腕のロックを解放すると、頭をわざと乱暴に撫で付けて嶋野を睨んだ。

「モテるとか、そんな生易しいもんじゃねーよ。こいつは仲間内でもお姫様みたいなポジションの女子をサラッと持ってったくせにすぐ別れたんだぜ?」

嘘だろ、まだ反撃してくんだ?

「ちげーわ。あれはエリがお試しでいいとか軽いノリで言っただけで」

あいつは俺と自分の将来を天秤にかけて、スポーツ推薦で進学するっていうまっとうな選択をしただけにすぎない。

「じゃ、彼女の誕生日、血液型、好きな食べ物はい、答えて」
「え……あれ?」
「ほら覚えてねーじゃん。その程度であんな可愛い子と付き合いやがって。まぁ俺も正解知らねーけど」

軽く始まった恋だったけど、こんなにもあいつのことを知らなかったんだと自覚した。
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