きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「おまえがその程度でもエリちゃんはどうだったかわからねーだろ。彼女が駅前で人待ち顔だったのはなんでだろーね?」

なるほど。自分の恋路を邪魔されてたまるかと、どうしても嶋野は俺と誰かをくっつけたいようだ。
こいつ戸田のことマジだ。

「ねぇ、エリちゃんてもしかして一個うえの先輩じゃない? 西脇(にしわき)千絵梨(ちえり)

戸田の横にいた中条が突然口をはさんだ。

「西脇?」

その名前に全然ピンとこない。
エリのことはみんな下の名前呼びだったから。

「部活内ではちぃって呼ばれてたよ。だから他校のうちらもちぃ先輩って呼んでたんだ」

中条が言うには、バレーをやってたやつなら誰でもエリのことは知っているらしい。憧れの先輩ってやつだ。

「てことは、そのちぃ先輩が久住の元カノってことなのね」

戸田が腕組みで、隣の席を見下ろしていた。

「だからさっきから言ってんじゃん。エリちゃんは理人と仲のいい神崎さんにやきもち妬いてんだって。じゃなきゃあんなことしないっしょ?」
「あんなこと?」

嶋野に問いかけたのに、代わりに戸田が答えた。

「嶋野が見たんだって。駅前の噴水に神崎さんがつきとばされるとこ」
「は?」
「だからあんたの元カノが神崎さんを突き飛ばしたんだって」
「よっぽどだよね、ちぃ先輩がそんなことするなんてさ」

エリと神崎さんの接点がわからなくて焦る。

「あの二人って学年違っても同中出身じゃん? 中学時代からもめてたんじゃない? 絶対なんかあるよ。ずっと休んでるし、学校もう来なかったりしてね」

戸田が意味深な言葉を足してきた。
噴水に落ちてずぶ濡れだった理由が、今鮮明にわかった。でも誰かにやられたなんて、彼女は一言も口にしなかった。

もうすぐチャイムが鳴るのに、隣は空席のまま。

どのクラスにもいる普通の真面目な子だと思っていたけれど、彼女の家庭はやっぱり平穏じゃなかった。

あの日、親父さんは出張でいないって言ってたから帰ってひとりぼっちだってことはわかってたし、もしかして今だって家にひとりかもしれない。

何でもないって返事が来たけどそれも一回きりだし、ほんとは今頃熱出してぶっ倒れてたりして。
エリには嫌がらされてるし、踏んだり蹴ったりじゃん。

みどりさんて人とはどういう関係なんだろう。置いていかれて取り乱すくらいだから、きっと特別な人なんだろう。
俺の匂いがその人と同じだって笑ってたっけ。
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