きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「なにか、探してるの?」
「うん、でもなかった。神崎さんは?」
「私も探してる本があるんだけど、作者もタイトルもわからないんだよね」

だから私よりはマシだよって、そう伝えたくて、励ましたくて、無理に笑ってみた。そんな作り笑いで、久住君の気が紛れたりはしないだろうとわかっていても、何かせずにはいられなかった。

「検索した? キーワードかなんかで」
「うん、いくつかヒットした」
「探そう、メモは?」

彼の力になりたかったのに逆に励まされてしまったから、握りしめていた手をそのままの形でこわごわと差し出した。

「なにこれ?」

左の手のひらの中にめぼしいと思われるタイトルと著者をメモしていたのだけれど、手を開くと汗でヨレた字が出てきて、久住君はそれを見て笑いだして、その瞳からはもうさっきの不穏な影が消えていた。

ホッとしたとたんにお腹が低く唸ってしまい、恥ずかしくて顔から火を噴きそうな私を見て彼はさらに笑った。

彼が笑っていると、嬉しいのはなぜだろう。
久住君の笑った顔をもっと見ていたい。いつも笑っていて欲しい。

「俺も腹へった。晩飯どーしよ」
「今日お母さんは?」

久住君の話によると、お母さんの友達の結婚式があるとかで、それに出席するために今3人は田舎に帰っているらしい。

「さっき電話したんだけど親父のやつじーちゃんに飲まされてもう寝てるって。お陰で本のことも聞きそびれたし……」
「本って、さっき久住君が探してた?」
「いや、なんでもないよ。こっちの話」

心が通いあっていたら、物理的な距離なんてないに等しいのかもしれないな。

「そっちはお父さんいるの? 出張多いって言ってたけど」
「うん、遅くなるらしいけど帰ってくるよ」
「そっか、よかったじゃん」
「……うん」

そう答えてはみたものの、それは本心じゃない。お父さんから直接話を聞くことが、やっぱり怖くて仕方ない。

「私、駅に行ってみるね」
「もう帰る?」
「ううん、みどりさんがいるかもしれないから」

この時間なら、まだ彼女に会える可能性がある。今はとにかく、彼女に謝りたかった。

旦那さんと早く仲直りしてほしいって言おう。彼女が許してくれるなら、二人でここに戻ってきて本を買おう。

でも、きっとみどりさんを失望させてしまう。そう思ったら、暗い沼の底に沈んでいくような気持ちになった。

「……謝らないといけないから」
「やっぱ服みつからないんだ?」
「……うん」

またうつむいてしまう。悲しくなる。

「俺も行く」
「えっ?」
「みどりさんて人に会ってみたいし」

久住君とみどりさんが仲良く笑いあっている姿を思い浮かべたら、真っ暗な沼の底で、睡蓮の根に触れたような気がした。
< 39 / 81 >

この作品をシェア

pagetop