無口な彼の熾烈な想い

繋がる絆

「絢斗さん、先にお風呂使って。私は明日休みだけど、絢斗さんはお仕事でしょ?」

両手に男物のスエット上下と大きなバスタオルを抱えた鈴は、赤い顔をしたまま一気に告げた。

墓穴を掘ったとはいえ、うっかりお泊まりイベントまで発生させてしまった鈴はすっかり舞い上がっていた。

゛どこで選択肢を間違ったのだろう?゛

いや、ほぼ全てが間違いだらけだったのだが、絢斗の策略と周囲の思惑にまんまと乗せられているのだと鈴だけが気付いていないだけだった。

このまま、ラッキースケベイベントまで引き寄せるわけにはいかない。

鈴は若干嬉しそう?に見える絢斗を風呂場まで誘導すると、

「ほら、さっさとひとっ風呂浴びてきてください」

と脱衣場に押し込んだ。

「ふう、とんだ災難を誘い込んじまった」

どっかのおっさんのような愚痴が口につく。

自分の家にまさか男性がいるなんて。

つい数週間前までの鈴には考えもつかないことだった。

しかもそれがあの苦手意識を覚えていた絢斗だなんて。

鈴は、ふうっとため息をついて自室に戻った。

そして、今度は自分の寝衣とバスタオルを準備する。

結んでいた髪をほどいてフルフルと左右に頭を振れば、残っていたアルコールのせいか目眩がした。

鏡台に手をつき鏡を見れば、ほんのり赤い顔をした鈴が映っていた。

「無我の境地を貫くのよ、鈴。大丈夫、やればできる子だから」

鈴は誰ともなしに言い聞かせるように呟いた。

かすかにシャワーの音が聞こえる。

鈴も25歳の年頃の娘だ。

全く男性に興味がないわけではなかった。

ただ、鈴が男性に感じる不信感以上に魅力を感じる男性が存在しなかったというだけで、そんな人がいるのならばお会いしたかったというのが本音だ。

絢斗は優しい。

仕事とはいえ、鈴のために料理を作り面倒な送り迎えまでしてくれた。

その上失礼にも酔っぱらって車内で眠りこけた鈴にあきれもせず、足腰が立たなくなった鈴を家まで送り届けてくれた。

そして、一部の家族以外に祝ってくれることのなかった鈴の誕生日を祝ってくれた。

こんなの恋に落ちないわけがない。

ただでさえ、見かけや声が鈴のドンピシャだ。

育った環境も共通点が多く、鈴の庇護欲をどうしようもなくくすぐってしまう。

支えられた逞しい腕に心が弾んだ。

どうしようもなく絢斗のことが気になる。

ずっと抱き締めていて欲しいと心が叫ぶ。

鈴は自分の中の女性としての本能に戸惑い、狼狽えていた。

こんなはしたないことを考えていると知れたら絢斗に嫌われてしまう。

゛絢斗さんがお風呂から上がったら、速攻自分もシャワーを浴びて寝よう゛

自分の心を隠すように、鈴は大きく頷くと、リビングにドライヤーを持って移動するのだった。

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