アンコールだとかクソ喰らえ!
等価交換とはいきませぬ

 頭が、痛い。色んな意味で。

「……何しに来たの」
「何しに、って……迎えに」

 そして、現在進行形で。

「来なくていいって昨日言ったよね?」

 結婚なんてしない。
 迎えにも来なくていい。
 もう、関わらないで。
 口を挟ませないようにそれらを早口で告げ、「さっさと帰って」となかなかにひどい態度を取った私に応えるように、昨日、来栖は何も言わずに病室から出て行った。
 だから、諦めたと思ってた。迎えにも来ないし、二度と関わることもないと思ってたいたのに、朝食後の回診を終え、元より少ない荷物をまとめていた私の背中に、「おはよう」と何食わぬ顔で来栖は声をかけてきた。

「言われた」
「ならなん」
「俺が、来たかった」
「は?」
「お前に、会いたくて、」

 は、あ?
 どうやら、人間という生き物は、理解の範疇(はんちゅう)を越えると言葉が生成できなくなるらしい。
 はくり。口は動いたはずなのに音は出なかった。
 何か、言わなくちゃ。怒鳴ってでも、この男は追い返さなくちゃ。

「……荷物、まとめたなら、俺、持つから、貸して」

 そう思うのに、やっぱり、音は出ない。

「……戸山?」

 差し出された手のひらに、落ちる、己の視線。
 記憶の中のものより大きいと感じる、あの頃よりも骨ばった、それ。

「い、らない。ひとりで、帰れるから」

 時間の流れを嫌でも感じてしまうそれを目の当たりにして、やっと、やっと、音が絞り出せた。
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