河童
障子を通して差し込む日差しがまぶしく、私は窓に背を向けた。
もう昼も近い。
こんな時間まで蒲団にかじりついているのは、まったく好ましくないのだが、男の一人所帯では誰に注意されるわけでも、迷惑をかけるわけでもない。

そうして三十分は耐えていたものの、さすがに目が覚めてしまった。
そこから蒲団を出るまで、さらに十分。
師走の刺すような空気に触れるには、相応の勇気が必要だ。

(くりや)に下り顔を洗ってから、七輪で火を起こし、炭を火鉢に移した。
暗い部屋に赤い光がゆらぐ。

こうも寒いと飯を炊く気にもなれず、燐寸(マッチ)で煙草に火をつけた。
吐き出す白い煙は、煙草のものなのか、息なのか。
火鉢を抱えて座り込みたい気持ちを堪え、明かりを入れようと雨戸を開けると、暗闇に慣れた目に日差しが刺さった。
何も見えない。
目を細めつつ庭に向かって煙草の煙を吐いていると、ようやく取り戻した視界に、少女の姿が入り込んだ。

「ゲホッ! ゲホッゲホッ!」

驚きすぎて、変なところに煙が入った。

「大丈夫ですか?」

涙でふたたび視界が悪くなったが、少女は幻ではないようだ。
すぐ下までやってきて、咳き込む私を心配そうに見上げている。
涙を拭ってよく見てみると、「少女」と呼ぶには失礼なくらいには大人に見えた。

「こんなところで何してるんですか?」

咳の余韻で声はかすれていた。

「わたしは河童です」

彼女は明瞭な声でそう言った。

「はあ、河童……」

「はい」

「……そうですか。なぜこちらに?」

「昨夜の雨のせいで、紛れ込んでしまいました」

「それは、難儀しましたね」

河童は立派な東コートを着こんでいたが、そこから見える指先は赤かった。
頬が赤いのも同じ理由だろう。

「河童でも、この寒さは身に堪えるでしょう」

「はい。水の中はもっとあたたかいので」

「お帰りになったらいかがです?」

「雨が降らないと帰れません」

空は、いろのうすい青空に、透けるような雲が浮かんでいた。
そのすべてを消し飛ばしそうなほど、太陽の光は強い。

私は庭先に煙草の灰をひとつ落とした。

「入りますか?」

最初からそのつもりであったのだろう。
ため息を漏らしながら部屋に戻る私の背中で、お邪魔しますと、あかるい声が響いた。
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