ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 この間の話、覚えていたのか。全く話題に出なかったので、興味を持っていないか忘れているのかのどちらかだと思っていた。

 私は少し迷ったが、和服のデザインに携わりたいのという夢を簡単に話した。ただ同時に、もともとこの店を自分が継ぎたいと思っていたことについては黙っておくことにした。

 話し終わると、兄さんは「そっか」と呟く。


「知らなかった。お前はオレと違って昔から着物が好きだったんだな。良い夢じゃん」

「うん……。この間は『何でこの大学を選んだのか知らないくせに』みたいに言ったけど、単に私が話すほどではないからって思って、誰にも言ってなかっただけだよね。何かごめん」

「いや、あれはもともとオレが酷いこと言ったからだろ。こっちこそ悪かったよ」


 兄さんはぼそぼそと謝り、それから笑みを浮かべる。


「夢のこと、市ヶ谷さんには話してたんだな」

「うん、まあ」

「つーかお前、初めての彼氏があのレベルって、今後どうすんだよ。あんなの二度と現れねえぞ」

「兄さんみたいにすぐフラれることのないよう気を付ける」

「お前なあ……」

「あ、麵つゆの良い匂いする。早く行こう」


 怒られそうなのを敏感に察知した私は、香りの良い温かな年越しそばが用意された食卓へと足を速めた。


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