ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 言葉を切り、一度深呼吸してから言った。


「大好きです。私の恋人になってくれて本当にありがとうございます」

『えっ?えっと……もしかして夏怜ちゃんも酔ってる?』

「今日はお酒一滴も飲んでません」

『ああ……だめだ待って。今すごいにやけてる……。せっかくだから電話越しじゃなくて直接聞きたかったな』

「っ……以上です。おやすみなさい」


 彼の返事を聞く前にさっさと通話を終了させる。

 好きだと繰り返し伝えてくれる彼に比べ、私はあまり気持ちを言葉にできていないのはずっと感じていた。電話だからと思い切って言ってみたが、やはり照れくさい。

 熱くなった頬を押さえながら部屋のドアを開けると、先に食卓へ行っているものだと思っていた兄さんが、ケータイをいじりながら部屋の前に立っていた。


「おー、やっと来た。そば伸びる前に早く行こうぜ」

「……話し声聞こえた?」

「何話してるかまではさすがに聞こえねえよ。どうせ市ヶ谷さんと電話してたんだろ」

「うん」

「そりゃあ大事にされてることで。あーあ、オレも彼女作ろうかな」

「どうせ長続きしないのに?」

「うっせえ。オレだって結婚考えられるような相手と付き合いてえよ。今の市ヶ谷さんの歳になるまでに結婚するのが目標なんだよ」

「へえ」

「興味ナシだな!?」


 まあ別に興味ない。
 兄さんは昔からちょくちょく彼女がいたようだが、すぐに振られて落ち込んでいたイメージしかない。

 兄さんは軽く咳払いしてから「そういえば」と少し言いづらそうに切り出す。


「この前言ってた、お前があの大学選んだ理由って、結局何なんだ?」



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