追放された大聖女は隣国で男装した結果、竜王に見初められる
 ディナーの後、いつも通りに彼女を家まで送っている途中、ふとフローラが足を止めた。

「どうした?」
「……何か匂いがするわ」
「匂い?」

 言われて左右を見渡すが、特に異変は感じられない。けれども、フローラはそうではなかったようで、まっすぐに小さい公園に向かった。
 アレクセイもあわててその後を追う。

「……彼だわ」

 遊具の下には十代後半と思しき少年がぐったりと座り込んでいた。さびた匂いは血の匂いだろう。公園の灯りで腹部から血がみるみるうちに服を染めているのが見えた。急所はそれているようだが、このままでは助からないかもしれない。
 少年の意識は朦朧としているらしく、浅い呼吸をしていた。
 フローラは血がつくのも顧みず、少年の患部に両手を当てて、目をつぶった。
 しばらくして淡い光が周囲に浮かび上がり、白い光が傷口を塞いでいく。あふれ出ていた血は止まり、息も絶え絶えだった少年の呼吸も落ち着いていた。

「フローラ。君はいったい……」

 神殿に仕える神官であれば、祝詞が必要だ。神の祝福は無詠唱では授けられない。神官も誰でもいいというわけではなく、聖魔法が使える者でなければ治癒術は発動しない。
 けれど今、フローラは無詠唱で傷口を癒やした。そんなことができるのは大聖女ぐらいなものだが――。

(まさか……フローラが大聖女だというのか?)

 だが、それならば納得できる。大聖女は祈るだけで神の祝福を与えられる稀有な存在。圧倒的な聖なる力を持ち、その存在だけで瘴気の発生をも抑え込むという。
 驚き固まるアレクセイに気づいたらしく、フローラが人差し指を自分の唇に押し当てた。

「このことは内緒よ?」
「だが……」
「お願い。今の生活が気に入っているの。だから、誰にも言わないで」

 青みがかった灰色の瞳に見つめられ、アレクセイは小さく頷き返した。
 怪我をした少年は警備兵に保護してもらい、後日人買いから逃げるために命からがら抜け出してきたことがわかった。次回の取り引き場所を聞き出した捜査当局は人身売買の現場を取り押さえることに成功し、身寄りがないという少年はグリーゼルに預けた。物覚えがいいらしいので、きっと彼の未来の助手として育て上げるに違いない。
 そして、行方知れずだった大聖女――フローラには本人にはバレない程度に数人の護衛を配置した。
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