『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
閑話 テオドール
閑話 テオドール


 『神の御使い』が中央神殿で保護されている。その情報を手に入れ直ぐに向かったが、たどり着いた先では既に召喚者とその仲間が旅の同行者として決まっていた。一族にかけられた呪いを解くために待ち望んでいた『神の御使い』。半ば無理やりそいつらについていくことにしたが、出来れば『神の御使い』はこちらに引き入れたかった。ただで願いだけ叶えてもらおうというつもりはなかったが、同行者が多ければ当然その機会も減るからだ。
 だから、あの森であいつをみつけたことは、俺たちにとってとても幸運な事だった。

 街道から少し外れたところで野営準備をしていたところ、森の中から何かが聞こえてきた気がした。
「兄さん、どうかしたんですか?」
 俺の様子に気がついたバルトが声をかけてくる。
「音が聞こえた。少し見てくる」
 魔物でなくとも大きな動物の類いだと面倒だ。有無だけでも確認しておきたい。後ろから俺も行くぞ! とレオンハルトの声が聞こえたが、わざわざ待ってやる気はない。
 森の奥へ進むと、進む先から争うような声が聞こえてくる。隷属の指輪、という言葉に、叩くような乾いた音。……奴隷商売でもやってるやつがいるんだろうか。公には禁止されているが、俺には関係ないな。──そう思ったが、どうにも気になる。こういう時は勘に従っておく方がいいし、見過ごすのも寝覚めが悪くなるか。
茂みから小さな人だかりを伺う。男が四人。特に武器も持っておらず、格好からしてこの辺りの村人だろうか。他に仲間のいる気配はしない。
「おいおい、こんなところでよってたかって弱いものいじめか?」
「な、なんだ?!」
 突然の乱入者に男たちは戸惑いこちらを振り返ったので、囲まれて殴られていたのであろう人物の姿がよく見えた。体つきから恐らく女、だろうか……黒い髪色は珍しい。土と血で汚れた顔に思わず眉が寄る。見慣れない不思議な服装のその胸元には、見覚えのある意匠の首飾りが光っていた。
「まさか、『神の御使い』か?」
 今の『神の御使い』以外に、もう一人。かつては複数召喚されたこともあるはずなので、有り得ないことではない。俺の呟いた言葉を聞きつけて男たちに動揺が走る。なるほど、『神の御使い』だとわかったうえで奴隷にするつもりか。それなら尚更好都合だ。ここで恩を売っておけば呪いを解くのに役立つかもしれない。
 ひとまず『神の御使い』を押さえていた隙だらけの男をふっとばす。どうやら『神の御使い』は意識を無くしたようで、こちらに倒れてきたのを受けとめたその瞬間、体から淡い光があふれだした。何かの魔法だろうか、その光は身構えた俺にふわふわと降り注いで──途端、心臓をぎゅっと鷲掴まれるような感覚が襲う。
 この感覚は、なんだ? こいつは、俺を知っている。知っているというより………
 ……突然の現象に混乱したが、とりあえずここから離脱した方がいいだろう。ぐったりした『神の御使い』をひょいと肩に抱えあげた。
「! 俺たちが召喚したんだぞ!」
「それならもっと丁重に扱うんだな」
「テオドール、やっと追い付いたぞ!」
 向かってきた男をかわすと、ちょうどレオンハルトが茂みを越えて現れた。男たちと睨み合う構図に首をかしげる。
「これはどういう状況だ?」
「人助けだ」
「なるほど!」
 俺の肩に抱えた人物を見て、そういうことなら、と頷きレオンハルトも剣を鞘ごと構える。普段空気を読まないくせに、こういう時は話が早いやつだな……説明の手間が省けて悪くはないが。
ただの村人と、戦いに慣れた俺たち。及び腰だった男たちは、レオンハルトの登場でさらにたじろいだ。
「それじゃあ、こいつはもらっていくぞ」
「悪いヤツの台詞みたいだな!」
 調子外れのレオンハルトの言葉に深くため息を吐く。まあ、向こうからしたら俺たちは悪者なんだろうが。それでも、引き上げる俺たちを追っては来なかった。
 結局その場での野営はやめて、意識を失ったままのそいつを近くの宿まで連れていった。今は一人目の『神の御使い』ルカが治癒をかけて側についている。

 『神の御使い』からあふれたあの光に触れたとき、まるで走馬灯のようなごちゃ混ぜになった情景が頭に流れ込み──何故か感じたのは、どうしようもなく大きな、『俺』への、好意。しかし、同時に強烈な違和感を持った。うまく言葉にならないが、俺なのに俺じゃない、別の何か。それに対する感情だ。『神の御使い』なら異世界人。流れ込んできた情景も、この世界ではあり得ないものだった。もちろん会ったことがあるわけない。あいつは俺を知っているのか、一体何者なのか。
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