『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 二人目の『神の御使い』は、驚くほど普通の女だった。
 召喚された直後の出来事を思えば無理もないが、どこか怯えたようにこちらを見て悲鳴をあげたりするし、どんくさいうえに危機感も足りないやつ。ちらちらと俺の様子を伺ってはくるくると表情を変える。本人は盗み見ているつもりのようだが、全く隠せていないのがまた呆れる。一人目の『神の御使い』ルカはどこか毅然としてまさに神の使いといった雰囲気があったが、こいつは感情もすぐ顔に出るし、同じ世界から来たらしいのに大違いだ。俺を知っているようだし、何か目的があるのかと警戒していたが、特に何かできそうな感じもしない。
 それに、あいつが魔法練習を始めてから時おり飛んでくる魔力の光。魔力を体に行き渡らせることができるようになったせいか、制御がうまくなるまで感情の揺れですぐにあふれだして飛んできた。最初の時と同じく『俺ではない俺』に対する大きな感情が含まれていてどうにも居心地が悪い。どうして俺の方にばかり飛んでくるのか、でも何故か、そのどれもがとても暖かな形容しがたい気持ちを呼び起こす。他のやつはどんな風に感じているのか気になったが、光には恐らくその時々の感情のかけらが含まれているようで、なんとなく聞きづらかった。

 一緒に過ごす時間が増えて、ユウキはとても手のかかる面倒なやつだということがわかった。戦えないのに守られているだけじゃ納得しないし、怖がっていたかと思えば無鉄砲に飛び出す。目を離したら死にそうだと思うと、放っておけなくなってしまった。
魔力暴走したスピカを落ち着かせるために炎に飛び込んだときはさすがに肝が冷えた。問いただしてみても、本当に何も……助けたかった、ということしか考えていない。呆れもしたが、そんな風に打算なく動こうとする様や、妙な思い切りの良さが好ましくもあった。魔法もない、戦いも狩りもない平和な世界からきたというのに、変な奴だ。
……あの何度も飛んでくる暖かい幸福な光に、少なからず絆されたといってもいいかもしれない。旅が進むうち、何故か不思議な幸福感だけ残り、あの違和感はどんどん小さくなっていった。

「まあ妬くな妬くな、次はテオ、お前の番だからよ」
「なっ冗談だろ、おい!!」
 父上は俺を抱えあげて、空へ飛び上がった。嘘だろ。一気に地上が遠くなり内臓が冷えるような心地がする。血の気の引く浮遊感に、ユウキを空へ連れ出した怒りも、暴れる気力もすぐしぼんでしまった。
「小さな頃はよく抱っこしてやったろ?」
「………俺はもう二十六だ」
 頭を撫でるのも勘弁して欲しいのに、なんなんだこの状況は。だがそれよりも、この高さに目が眩んで気が遠くなりそうだった。
「……お前ら二人には、悪いことをしたと思っている」
 ふいに、真面目な声で父上が呟く。
「俺がお前の歳くらいの時にはもうバルトだって生まれてた。
 お前もバルトも、村に残っていれば少しは穏やかに暮らせていたかもしれない」
 わざわざそんな話をするためにこんなところまでやってきたのか。この体勢では表情を伺い知ることはできないが、旅に出たことをずっと気にしていたのはわかっていた。
 本来なら俺も父上のように、村で次代を育てるべきだったのかもしれない。だが、このまま呪いが続いていくならば一族の未来は無いも同然だと思っていたし、村を出た時点でその責任をバルトに押し付けたようなものだ。……結局バルトも旅に出ることを選んで、そのことにほっとした。
「俺もバルトも、自分で決めたことだ」
「お前はそう言うだろうと思ったよ。『神の御使い』殿をみつけてくれただけじゃなく、こうして外にも出られるようになった。……テオ、ありがとうな」
「……礼を言うにはまだ早いだろ」
 少し慣れてくると、遠くを見る余裕がでてきた。頬にあたる冷たい風が心地よい。なんでユウキはけろっとしていたのかと思ったが、あいつはきっと怖がるよりこの景色を楽しむ方が先だったんだろう。やはり変に度胸があるというか、単に楽観的なのか。
「『神の御使い』のお嬢ちゃんは、不思議だな。魔法を受けると多少なりとも魔力の質を感じるが、あんなに暖かく感じた魔力は初めてだ」
 突然ユウキの話題になり、父上に思考が読まれたようで思わず動揺した。同時に、やはり自分だけがあの感覚を受け取る訳じゃないという当たり前のことを認識する。
「『神の御使い』だからか、それともあのお嬢ちゃんだからか?」
「……後者の方が大きい気がするな」
 ルカの魔法も暖かく力の湧く心地がしたが、『俺ではない俺』に対するような違和感を覚えることはなかった。ルカも大概お人好しなやつだったが、あの不思議な多幸感は、ユウキの感情が大半を占めているのではないか。
 以前あいつの口にした『物語のヒロインじゃない』という言葉は、あの違和感に関する何かだと思っているが、それはどうでも良かった。あのまま魔物化を繰り返していたら、父上は近いうち死んでしまうところだったろう。それでは呪いを解く意味がなかった。俺はまだ見ぬ子孫より、ただ父上を助けたいと思っていた。太陽の下で父上と母上がまた笑い合うのを見られたとき、旅をしてきた十年が報われた気がした。こんな風に父上との時間が持てた。もし呪いを抑えるのが一時のことだとしても、俺たちの旅は無駄では無かったのだと思うことができた。だから、ユウキにはとても感謝している。
「お嬢ちゃんは、役目が終わったら帰るんだってな。
……お前があんな風に世話を焼くのなんて初めて見たぞ」
「バルトは手がかからなかったからな。……あいつは目を離すとすぐ危ないことをする」
 バルトはしっかりしすぎていて、それが心配なところもあるが、あいつのように危険に突っ込んでいくような真似はしない。『神の御使い』は役目の性質上問題に巻き込まれやすいものなんだろうが、何かと自分で動きたがるユウキ自身の性格もある。おかげで道中退屈することはなかった。そう思うと、遠からず元の世界に帰るというのが──そうか、これはさびしい、のか。そんな風に思えるくらい時間が経っただろうか。
 かつてこの世界に残る選択をした『神の御使い』もいるらしいが、ユウキにはその理由がない。元々、自分の世界に帰るためこの世界の穢れを祓っているんだから。あいつにももちろん家族はいるだろうし、突然に居なくなって心配しているかもしれない。

 『神の御使い』が役目の褒美に叶えてもらえる願いの数は三つ。一つは一族の呪いを解くのに使ってくれると約束してくれた。あとの二つ、ユウキは一体何を願うつもりなんだろうか。
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