契約結婚のはずが、極上弁護士に愛妻指名されました
渚の憂鬱
 柱時計がタララランとの心地のいいメロディを奏で始め、正午を知らせる。
 それを背中で聞きながら、佐々木渚(ささきなぎさ)は一心不乱に大量の書類にスタンプを押していた。
 『乙号証』という文字のその赤いスタンプは裁判所に提出する証拠書類を作る時に使うものだ。
 渚はそれをもうかれこれ三十分以上押し続けている。書類の左側に穴を二つ開けて、黒い紐で閉じた時に誰からもはっきりと見える場所にきちんと、正確に。
 机の上にはまだまだたくさんの書類の山。渚はそれをチラリと見て、これは長い戦いになるぞと思い一旦手を休めた。
 時計のメロディが鳴り止むと、二十人ほどの事務員がいる事務室の緊張が一斉に緩む。お昼休みだ。
 渚はスタンプを置いて、うーんと身体を伸ばす。そしてまだまだ先は長いから、続きは午後からにしようかと思ったちょうどその時。
 渚が背にしている事務室の扉が開いて誰かが入室した気配がした。
 振り返ると、ここ『佐々木総合法律事務所』の所属弁護士、瀬名和臣(せなかずおみ)だった。
 事務室と反対側の廊下に並んでいる弁護士用の個室からやってきたのだろう。
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