おとぎ話の裏側~身代わりメイドと王子の恋~
今だけ。
この夢の中でだけ、目の前の人に甘えてみたい。
梨沙は胸が熱く高鳴るのを抑えられなかった。
「…はい。連れていって」
縋るようにジルベールを見上げると、絡み合った視線から痺れるような熱が伝わってくる。
ハッと息を詰めた瞬間、腕を引かれてその胸に囚われた。
「俺が、君の居場所になる」
立ち上がった反動で肩に掛けてもらった軍服が音を立てて落ちる。それに気を取られるのを許さないとでもいうように、背中に回された腕に力が籠もり、さらに強く抱き締められた。
慣れない抱擁に胸が痛いほどドキドキするのに、包み込まれる温かさに安心出来るのが不思議だった。
そうだ。彼について知っているのは名前だけではない。この香りと胸の温かさ、助けてくれたり慰めてくれる優しいところも知っている。
梨沙はなんだかそれだけで十分な気がした。
誇らしげに咲く大輪のバラが強い夜風に揺れるが、篝火は強風にびくともせずに燃え続ける。さっきまで甘く香っていたはずなのに、今梨沙に届くのは柑橘系の爽やかな香りだけ。
それがとても幸せだった。