泣きたい訳じゃない。
拓海がバンクーバーへと旅立って四ヶ月。
まだ肌寒かった季節は過ぎて、今は外に一歩でも出ると、汗ばむ季節になった。

それは、私達旅行会社にとっては最も忙しい時期への突入の合図でもある。

夏休みを間近に控え、旅行の予約が殺到する。
ここでミスを犯したら、一瞬でお客様の信頼を失うので、特に予約担当の部署は張り詰めた緊張感で覆われ、それが社内全体に伝わる。

私達も現地とのやりとりの中、確実にその手配を熟していく。楽しい旅行の裏側では地味な作業が延々と続いている。

私達は外出先で蒸し暑さを感じることはあっても、夏を満喫することない。

そんな蒸し暑い夕方に事件は起きた。

「一体、どうするつもり!」

隣の部署であるアジア課手配担当チームのリーダーの声だ。

北米課の私達は何が起こったのかと、様子を伺う。
 
アジアチームの同僚の話によると、お客様からの電話がきっかけでミスが発覚したらしい。

「10名で旅行の申し込みをしていたが、2名分だけキャンセルをしたい。」

それ自体はよくあることだ。
担当者がキャンセルを伝えるため手配先へと連絡したら、ホテルの予約自体がされていないことが発覚した。

シーズン中なので、そのホテルの予約は既に満室だった。8名となると、今からのキャンセル待ちは不可能に近い。直ぐに、周辺にある同等か、それ以上のホテルを探すしかない。

切迫詰まった状況に、私達、北米課も見て見ぬ振りはできず、私を含めた数名もホテル探しを手伝うことになった。

今までに取引があるホテルはもちろん、それ以外のホテルにも交渉を試みた。

ホテル探しを始めて、約2時間。
どこも8名を受け入れられる空室があるホテルはなかった。むしろ、この時期に空いているホテルがあるとすれば、何らかの原因があり、更に大きなクレームに繋がりかねない。

通常の手段では見つかるはずもなかった。
スタッフの中にも諦めムードが漂い始めた。
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