泣きたい訳じゃない。
拓海がいてくれたら、きっと解決してくれただろう。
でも、今、カナダは朝4時だ。流石に連絡する訳にはいかない。

私の頭にはもう一人の顔が浮かんでいる。
兄の高田雅治だ。

高田ホテルズはアジア圏でも高級ホテルを経営している。兄の事業外ではあるけど、頼めば何とかしてくれるだろう。高田ホテルズも含めて、海外のホテル経営者達と太いパイプを持っている。

私は覚悟を決めて、兄に電話をした。

「もしもし、お兄ちゃん。」

「どうした?最近、莉奈から電話を貰えて嬉しいけど。」

兄は呑気なことを言っている。

「仕事でトラブルがあって・・・。」

「今度は何があったの?」

私は今までの経緯を話して、どこか宿泊できるホテルはないかと聞いた。

「俺に30分くれたら、ホテルは確保するよ。その代わり、莉奈が俺の言う事を聞いてくれると約束してくれたらね。」

ただでは動かない人だと感心する。

「何をすればいいの?」

彼氏と別れろとかも言い兼ねないので、確認しておく。

「今度の土曜に父さんと母さんを家に連れて来て。葵に誕生日プレゼントを買ってくれてるらしいんだけど『送る』とか言ってるから。真美が招待して欲しいって。」

両親だけで行ってくれればいいのに。
私は、来週からバンクーバーに行く兄に会いたくなかった。実の両親の前だと、私のプライベートの詮索も平気でするだろうから。

でも、今はこっちの問題を解決する事の方が重要だ。
私は、その要求を引き受けるしかなかった。

電話を切ると、必死に電話やネットでホテルを探し続けているメンバーに声を掛ける。

「まだホテルは確定していないけど、多分大丈夫だと思う。30分後にはホテルも分かるから。」

兄が『30分後』と言うからには、既に目星は付いていたんだと思う。だから、あと10分もすれば連絡があるはずだ。

「渋谷さん、ありがとう。どんな裏技を使ったの?」

「ちょっと、ホテル関係の知り合いがいたので、ダメ元で連絡してみたんです。」
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