泣きたい訳じゃない。
あっという間の3日間だった。

拓海から頼まれた資料作成、日本での仕事の引き継ぎ、ロスでの仕事の準備と谷山さんへの仕事の引き継ぎ資料作成。
勢いで引き受けて、木曜日の出発を決めたのは私だったけれど、流石に準備期間が短過ぎた。

何度か出発の延期も考えたけれど、既に進み始めてしまった組織としての動きを止めれるはずもなく、自分自身にブレーキを掛けるのも嫌だった。

今、無事に空港に立っている事が不思議だ。

私は、新しい事へ挑戦する時の緊張感と、期待や不安が入り混じった高揚感を感じながら、あの日、拓海が消えていった空港のゲートをくぐろうとしている。

拓海もこんな気持ちだったんだろうな。

私は、ここに来てあの時、笑って別れた事を本当に良かったと思った。

誰かに笑って見送られることで、自分の決意を肯定できるし、これからの自分に自信が湧いてくる。
母がさっき、私にしてくれた様に。

出国審査を抜けると、まだ日本なのにいつもと違う空気が漂っている。

晴天の中、飛び立つ機体や降下してくる機体、そこには人それぞれの夢や希望と不安、時には悲しみや挫折感も一緒に載せているんだろう。

今回は、谷山さんの代打で一ヶ月程の滞在になりそうだけど、私はいつか海外で仕事をしたいと思った。
それが、この会社に入社した時の夢でもあったのだから。
そんな事、最近はすっかり忘れていたけど。

拓海と兄との打合せは上手くいったのだろうか。
もう二人の対面は、終わっているはずだ。
二人とも仕事に私情を挟むタイプではないけれど、兄が何も言わずに終わらせるとも思えない。

私のロス行きを伝えると、兄は言った。

「バンクーバーじゃなくてよかったよ。帰って来るまでに、莉奈の幸せを準備しておくから。」

私は旅立つ前に喧嘩をしたくなかったから、何も言わなかった。見合いの話でも進めるつもりなのは予想できたけど。

そんな話、出発前になんてしたくなかった。
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