イザベル・アルザス公爵令嬢の誤算 〜婚約破棄を狙ったら婚約者の性癖が開花した〜

性癖開花編

１．イザベルは後悔する

短い話です。
よろしくお願いします。
変態思考発言があります。苦手な方はご注意を。
✱✱✱
　重厚な扉を見上げた金髪の女子生徒は数回深呼吸をして、早鐘を打つ心臓を落ち着かせてからノックしようと右手を上げた。

　がちゃり

　女子生徒がノックする前に内側から扉が開き、扉を開けた人物が誰か知った彼女は目を丸くした。

「殿下？」
「忙しい中、呼びつけてすまない。イザベルと話をしたかった」

　昼休みに伝令を飛ばして、学園祭前日という忙しい日の放課後に王族専用執務室へ呼びつけてくれた婚約者、エルモア王国王太子アデルバードは珍しくイザベルとしっかりと視線を合わせて、謝罪の言葉を口にした。

「え？」

　婚約していても大して親しくもなかった王太子から、目を合わせて謝罪を言われるとは思ってもいなかったイザベルは、驚きで何度も目を瞬かせた。

「イザベル以外の者は外へ出ていろ」
「はっ」

　護衛の騎士と侍従を退室させ、彼等が離れたのを確認してからアデルバードは後ろ手で扉の鍵を閉めた。

「で、殿下？　どういうおつもりですか？」

　まだ婚約者とはいえ、未婚の男女が二人きりという状況にイザベルは焦り、緊張して乾いた喉からは上擦った声が出る。

　銀に近い淡い金髪に青色の瞳を持つ、いかにも王子といった整った容姿のアデルバードは常に冷静で誠実、上に立つ者の堂々とした雰囲気を纏っていた。
　しかし、近付いて来るアデルバードはいつもと違う仄暗い表情に淀んだ雰囲気を放っており、彼に気圧され身の危険を感じ取ったイザベルは後退った。

「今日は、私達の婚約解しょ「しない」を」

　婚約解消と、最後まで言わせないように言葉を被せてきたアデルバードの意図が分からず、イザベルは困惑して彼を見上げた。

「それは、何故でしょうか？　先日、わたくしが殿下にした行為は罰せられても仕方のないものでしょう。わたくしと婚約を解消し、恋人の方と新たに婚約すればよいでしょう？」

　コツン、後退るイザベルの靴の踵と腰が執務机に当たる。
　これ以上は逃げられない。イザベルの背中に冷たいものが走り抜ける。

　顔色を悪くしながらも睨むイザベルとの距離を縮め、あと一歩まで近付いたアデルバードは愉悦に満ちた暗い笑みを浮かべた。

「確かに、どんな理由があろうとも王太子たる私へ暴行したのだから婚約者といえども処罰すべきだろう。だがあの時、床に倒れ伏した私がイザベルから蔑んだ目で見下された時……痛みと屈辱以外の、これまで感じたことがない感情を抱いた。罵倒の言葉を浴びせられ、体の奥から興奮と悦びが湧き上がってきたのだ」
「興奮と、悦び？」
「あの時のことを思い出す度に……湧き上がる興奮で体が反応するようになってしまった。イザベルから侮蔑の眼差しを向けて欲しくなる。だから、婚約解消も処罰もしない」

　とんでもない台詞がアデルバードの口から飛び出したと、イザベルの脳が理解するのに数秒を要した。
　頬を赤らめたアデルバードは冗談を言っているわけでは無く、荒い息遣いから彼は本気で興奮と悦びを感じているらしい。

「いえ、是非とも婚約を解消して、わたくしを処罰してくださいませ」

　震える声で何とか返答したイザベルの全身から血の気が引いていく。
　正しく開いた口が塞がらない状態で、唖然と新しい扉を開いた婚約者を見詰めた。

「処罰を求めるのならば、婚約者として傍に居ることがイザベルへの罰だ。幼き頃より私はイザベルの視線を苦手としていた。今ならその理由が分かる。君の冷たいその瞳を見てしまえば、囚われてしまうと本能で分かっていたからだ」

　新しい扉を全開にして蕩けるように笑ったアデルバードは、互いの息遣いを感じられるほどイザベルへ近付くと手を伸ばし、青ざめて硬直する彼女の頬へ触れた。

（何これ！？　これは婚約破棄どころでは無いわ！）

　涙目でアデルバードを睨むイザベルはひしひしと感じる貞操の危機感に震え、今更ながら自分の行動を後悔するのだった。