花筏に沈む恋とぬいぐるみ



 カランカランと高くも柔らかな音がなる。
 この音を聞くのずっと楽しみにしていた。けれど、鈴が鳴るドアの前まで来ると急に緊張してしまう。ドアベルが鳴り響いた店内。だが、そこには誰もいない。


 「お邪魔します……」


 小さな声で店内の入り、辺りをキョロキョロと見渡す。やはり無人のようだ。中で待っていてもいいのかと迷いつつも、花は1週間ぶりの店内をやけに懐かしく思い、そのままお邪魔することにする。
 こちらを優しく見つめるテディベア達と洋服が変わらずに出迎えてくれる。それを見ると何故か笑顔になるから不思議だ。


 と、人の気配を出窓の方から感じ、そちら目を向ける。そこには、人の姿はない。けれど、テディベアが置いてある。いや、正確には座って居た。
 彼が自分でそこに行き、窓の外を眺めているのだ。花が来た時にベルの音にも声にも気づかずに何かを見ていた。何か考え事をしているのだろうか。しかし、それは違っているように思えた。クマ様の横顔から見える瞳。それは人間によって作られたもので、視線がどこにあるかなどわかるはずもない。それなのに、花は何故かクマ様は窓に映る自分の姿を見ていたのではないか。そんな風に思えてしまった。

 凛やクマ様は話すつもりはないようだが、テディベアがしゃべる理由。
 それはどう考えても花の父親と同様の四十九日の奇しかない。となると、クマ様に入っている魂。その人は死んでいることになる。そして、その魂がこの世に居れる期間は49日。花の父親のように遅るくなる事も稀にあるが、魂を供養するには49日以内がいいとされているのだ。そうなると、目の前のクマ様がこの世にいれる期間が短い。
 そんな事を考えてしまうと、クマ様と2人きりになったらどんな話をすればいいのか。そんな事を考えてしまうと、なかなか声を掛けずらい。

 けれど、クマ様がゆっくりと右手を顔に近づけて、花浜匙のマークをジッと見つめ始めた。その背中が寂しげで、影が深いように見えてしまい、花は不安になりクマ様に声を掛けようとした。
 
 が、タイミングがいいのか悪いのか。工房の方からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


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