花筏に沈む恋とぬいぐるみ
13話「週末のお楽しみ」






   13話「週末のお楽しみ」




 仕事を始めて1週間は怒涛だった。
 覚えるのに、ついていくのに必死で8時間という勤務時間はこんなに短いのかと思うほどだった。
 大学の講義の1時間半は長く感じたのに、働くとその時間はあっという間に過ぎていく。世話係である冷泉に後ろについて接客の方法も学んだ。
 次の日が休日という日。花の知り合いが来店した。といっても、花の知人ではなく花の父親の取引先の相手の金城だった。だが、地元では有名なデパートの社長だ。パーティーなどでよく話していたため、花を見つけるとすぐに声を掛けてくれた。


 「乙瀬さんは残念だったね。病気で亡くなられたという事だが」
 「はい。父の生前は大変お世話になりました。また、あの件では大変ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」
 「お嬢さんが謝る事はないさ。乙瀬さんにはしっかり説明して謝罪してもらったからね。そんなに気にしなさるな」
 「ありがとうございます」


 父の会社での知り合いは、事件の後は態度を一変させる人がほとんどだった。
 それは当たり前の事だろう。1度裏切られてしまえば、信頼を取り戻すには時間と努力が必要だ。けれど、父親はもうこの世にはいない。必死にお金は返したものの、信頼を取り戻すまではいかなかったはずだ。
 そんな中でも、金城のようにこうやって花を優しい目で見守ってくれる人はいるのだ。

 深々とお礼をしながら頭を下げると、「頭をあげなさい」と笑ってくれる。


 「ここで働くのかい?」
 「はい。雇っていただくことになりました」
 「………そうか。頑張ってくれ」


 それだけ言うと、金城は満足したのか何も買わずに帰って行ってしまった。


 「乙瀬さん、よかったわね」
 「はい。少し安心しました」


 お客様にも応援された事を冷泉も喜んでくれた。が、その後すぐに首を傾げる。


 「どうかしましたか?」
 「金城さん、今日はVIPルームでお買い物の予定だったのに帰ってしまって。用事でも出来たのかしら?」
 「私、追いかけて聞いてきましょうか?」
 「大丈夫よ。金城さんのご予定が変更になったんだと思うわ。今度それとなく聞いてみるわ」


 金城の対応は冷泉が担当している。
 そのため、前々から予約を取っていたようだが、それがなかった。けれど、そう言った事はよくあるそうなので冷泉はあまり気にすることなく、次の仕事へと気持ちを切り替えていた。花もそういうものなのだな、と次に来店する新規のお客様の対応をイメージする事にした。









< 57 / 147 >

この作品をシェア

pagetop