祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
赤い髪の魔法使い
 ナーザはひたすら走った。
 丘は起伏を繰り返しながら麓へと続いていく。途中、一度下った斜面が窪地をつくったあと、急に上って窪地を見下ろす高所になる、そこに向かって走った。
 目的の場所に着いたとき、息は上がり、心臓が早鐘のように打っていた。
 荒い息のまま、ナーザは体の向きを変え、自分が迂回した窪地を見下ろす。
 死体の軍勢は正面の斜面から窪地に差しかかろうとしていた。自分はそれを見下ろす小高い丘の頂にいる。
 やつらを狙い撃つには絶好の位置関係だ。もう少し引きつけてから……。
 雷鳴が空を渡る。肌が粟立っていた。感じる。来る。空を裂く閃光が。
 ……今だ。
 眩しい光が天から地へと突き刺さった。固いものを割るような音と地響き。
 狙ったのは群れの先頭だ。雷光は狙い通りの位置に落ちて、群れの前列の数十体が地面に倒れた。
 群れの前進も止まっていた。手を振り、足を引きずる、その動作ごと凍りついたように。
 だが、わずかな身じろぎのあと、死体兵らは何ごともなかったように歩みを再開した。倒れた死体は踏みつけられ、踏まれたうちの何体かは、体の一部を失いながらもよろよろと立ち上がり、ふたたび群れに加わった。
 ナーザの顔から血の気が引いた。
 確実に心臓をやらなければ、闇に守られた死体兵は倒せない。
 窪地を進む死体兵は、まるで地の底から次々と湧き出てくるように見えた。
 あれを全部をひとりで潰す、なんて。
 死んでも、と思っていたけど。
 子どもっぽい考えだった、とわかった。
 死んではだめだ。あいつらを止めるということは、最後に立っているのが自分じゃなきゃならない。
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