信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
二人のやり取りを見ていた樹も、彩夏と一緒に母屋を出た。
「送ろうか?」
「自分の車で行きます。あなた、これからどうなさる予定?
馬にでも乗るんだったら、ご案内させますよ。」
「いや、このあたりを車で走ってみたい。」
「じゃあ、お気をつけて。」
「君も…。」
樹の車を見送ってから、彩夏は自分のコンパクトカーに乗った。
結局、何の話をしに北海道まで来たのか分からずじまいだった。
こちらから話しかけようにも、名前で呼びかけるのもどうかと思い、
迷った挙句、『あなた』と呼んでしまった。何か違和感を感じた。
夫を『あなた』と呼んで、落ち着かないなんて…やはり、私たちは歪だ。
『あの人はいったい何を考えているんだろう…』
彩夏には理解できなかった。
さっきのキスも…こんな関係の自分を『妻』と言い切る理由も。
そして、キスを受け入れた自分自身も。
夢中でキスした後、樹も驚いた顔をしていた。
彼にとって、不本意なキスだったのかもしれない。
ただ、5歳の自分を知っていた事だけは真実なのだろう。
ぬいぐるみを抱きしめた自分に寄り添う樹が見えた気がした。
過去の幻影だろうか。