恋する理由がありません~新人秘書の困惑~
4.踏み出してみよう
***

「海老原さん、これおいしい!」
 
 後日、副社長から秘書課の社員へ、高級チョコレートの差し入れがあった。
 お母様が急に会社を訪問してきて迷惑をかけたからと、私たちを(ねぎら)ってくださったみたいだ。

「秋本さんには本当にお世話になったので私の分も食べてください。もちろん今日のお昼もご馳走します」

「なに言ってるのよ。困ったときは当然助け合うべきだもの」

 秋本さんはあの日、自分の仕事を中断してフィナンシェを買いに行ってくれたはずなのに、大丈夫だと笑顔で言う。私はそんな彼女が大好きだし、先輩としても人としても尊敬している。
 とりあえずランチをご馳走する約束は果たさねばと、お昼休みにふたりでレストランへ向かった。

「社長の奥様、どうだった? 怖かったでしょ」

 それぞれ味の違うパスタを堪能しつつ、流れで先日の話になった。
 会社では誰が聞き耳を立てているかわからないのでなかなか話せないことも、今なら思いきり本心を口にできる。

「迫力満点でした。私のことはお気に召さなかったようですが」

「泣かされなかっただけで上出来よ」

「そうなんですか?」

 秋本さんはスープをひと口飲んだあと、苦笑いをしながらうなずいた。

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