訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
 おもむろに耳を甘く食まれてしまい、もう一度びくりと身体を揺らす。するとその反応に気をよくしたギルフォードが今度はフューレアの耳をぺろりと舐めた。

「やぁ……んっ……」
「フュー、嫌ならもっと強く拒絶をしないと。これでは反対に男を誘っているだけだよ」
「ん……だぁ……ってぇ……」

 駄目だと抗議をしているのに、ギルフォードが耳へのいたずらを止めてくれないのがいけない。何度も彼の舌で舐められ、息を吹きかけられて、そのたびにフューレアは今まで感じたこともないような奇妙な感覚に身体が襲われる。

 そうするとこれまで出したこともない、甘ったるい媚びるような高い声が出てしまい、余計に恥ずかしくなる。

 耳から唇を離したギルフォードはもう一度フューレアの頬へ口づけを落としていく。フューレアはぐったりとギルフォードに体重を預けてしまっていた。耳を舐められただけで身体から力が抜けていくだなんて信じられなかった。

 熱っぽい視線にさらされてフューレアは一瞬息の仕方を忘れてしまった。
 今までギルフォードのこのような表情を見たこともなかった。どこか見知らぬ男の人にも思えてフューレアは無意識に息を呑む。

 ギルフォードの手がフューレアの頬を滑っていく。

「このまま食べてしまいたいくらい可愛い」
「食べるの……?」

 どういう意味だろう。何かの比喩なのだろうか。フューレアが小さく首をかしげると、ギルフォードが微苦笑を漏らした。

「うん。きみを全て食べたい」

 ギルフォードがフューレアの顎に手を添えた。
 瞳が絡み合い、フューレアはどうしていいのか分からなくなる。

 ギルフォードの顔が近づいてくる。このままだと、口付けをされるかもしれない。今までは頬や目じりだったのに、なんとなく今度は予感がした。この先を受け入れてしまっていいのか自分でもまだ分からないのに、体が動いてくれない。金縛りにあったかのようにギルフォードの膝の上で動けないでいる。

「あ……」

 トントン、と扉が叩かれたのはその時だった。

「お茶のお代わりを持ってきました」
 扉の向こうから聞こえてきたのはエルセの声だった。

(やっぱり持つべきものは友達だったわ! ありがとうエルセ!)

 あからさまにホッとしたフューレアを間近で見たギルフォードは残念そうに嘆息した。

「邪魔が入ったね」
「……あなたね」

 ギルフォードの正直すぎる言葉にフューレアはつい突っ込みを入れて、それから少し大きな声で「どうぞ」と返事をした。

 フューレアは慌ててギルフォードの膝の上から降りた。
 部屋に入ってきたエルセは新しいお茶を持ってきてくれた。薔薇の花びらの入った香りのよいお茶に心がホッとする。
 エルセはお茶の替えを持ってきただけのようで用事が済むとさっさと部屋から出て行ってしまった。

「あ、あの! せっかくだからお外に行かない? 庭でも運河でもどこでもいいわ!」

 フューレアはお茶のお代わりなどそっちのけで立ち上がり叫んだ。
 とにかく、この部屋に二人きりはまずい。
 人の目がないと大変なことになる。フューレアは必死だった。
 ギルフォードは少しだけ寂しそうに眉を下げた。

「フュー、さっきは少し急ぎ過ぎた。ごめん」
「……」
「今のフューを見て、性急にことを運び過ぎたと反省している」
「……べつに、あなたのことがきらいなわけではないの」

 ギルフォードの殊勝な態度にフューレアは軟化した。
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